ダーマ 4
ダーマ神殿。
この世界に生きる全ての人間の職業を司る神聖なる神殿。
いつ成立したともわからない古い世になされた職業の規律は、未だかつてその領域を侵されたことはない。
それはどの職業においても同じであり、職業ではない勇者としての定めを背負っていたリグは例外中の例外だった。
リグたちを迎え入れた神殿の主はダーマ神殿が存在する意義、そこから生まれるあらゆる可能性を秘めた勇者たちについて話して聞かせた。
彼の話を聞けただけでも、リグたちにとっては満足だった。
エルファがここに着いてから少し無口になった気がするのが、リグの胸に引っかかっていたが。
「私がレーベで住むようになってアリアハンの戦士になったのも、見えないところで働いてるダーマ神殿の影響ってこと?」
「たぶんそういうことだと思う。そしてその職業を変えることができるのはあの神官様だけ。でも神官様でも容易に就かせることのできない職業があって、それが・・・」
「賢者」
黙ってバースの話を聞いていたエルファが、ひとつの単語を口にした。
聞いたことがあるようなないような、その単語を耳にしてリグはエルファを顧みた。
彼女はどこか遠くを見つめるような目をしたまま、ぽつぽつと喋った。
「この世界を治める神様自らが認め、その力を託された者。賢者になるにはそれ相応の心の強さと、多くの経験を必要とし、誰もがなれるわけではない。
賢者になる方法は1つしかないと言われている。・・・どこかに眠り、目覚めを待っている『悟りの書』」
「エルファ・・・? 何言って・・・。悟りの書って、それが賢者になる道ってことか?」
どこか口調も変わっているエルファの意味深な言葉に戸惑うリグ。
しかしエルファは彼の問いかけにも答えず、バースに向かって言った。
その瞳には、強い光を宿していた。
「行かなくちゃ。私には悟りの書が必要なの。バースはわかってくれるよね。理由なんてわかんないけど、悟りの書が私を待ってる。ずっとずっと、時を超えて待ってる気がするの。
どこにあるかも、なんとなくなんだけどわかるの。すごく近く。あの塔に眠ってる。誰にも見つからないように、ずっと息を潜めてる」
頷かざるを得なかった。
今、目の前の彼女が言っていることはすべて本当のことだ。
何が彼女にそう思わせたのか、それはバースにはわからなかった。
わからなかったけれども、エルファの言っていることに間違いはないように思われた。
それはリグとライムも同時に思っていたことだった。
今まで結構な時間旅をしてきたが、温和な性格の彼女がここまで我を通して言い張ることはなかった。
初めて旅の扉に入った時、まるで知っているかのように説明をした。
ピラミッド大冒険の時も、彼女にだけ誰かの声が聞こえた。
自分たちとは違う何かがエルファにはあるのだ。
リグの秘めた勇者としての素質でもない。
ライムのように剣技に対して天稟の才を持つわけでもない。
バースのように盗賊の癖に呪文を使っているという破天荒な子でもなかった。
リグはエルファに優しく言った。
「行こう。エルファは賢者にならなくちゃいけない、そういう定めなのかもしれない。俺は止めはしないよ。仲間が強くなるのはいいことだし、エルファがそうしたいんなら俺も協力する。
エルファが立派な賢者になって、きちんと神様に認めてもらえるなら、俺は悟りの書を一緒に取りに行ってもなんともないよ」
「リグ・・・。ありがとう、わがまま聞いてくれて」
エルファはようやく微笑んだ。
リグには彼女が嘘を言っているようにはとても思えなかった。
それに、賢者だか神様に愛される人だか知らないが、とにかくエルファならば何にでもなれるんじゃないかという勘のようなものもあった。
遠くから4人の会話を眺めていた神殿の主は厳かに言った。
「して・・・、主はまた転職に訪れたのかな? それとも・・・」
「「「また?」」」
神官がバースに向けて放った言葉にリグとライムは、エルファまでもが首を傾げた。
バースは6つの瞳に見つめられ少し戸惑ったふうに笑うと、案外軽い調子で言った。
「実は、前ここに来た事あったんだ〜、とか。しかも別の職業やってて」
「ちょっ・・! お前ナジミの塔で魔法使い相手に暮らしてたって言ってたじゃん。なに、あれ嘘? まさか本当に世界中の宝欲しさに盗賊になったのか!?」
「誰だよそんなでたらめリグに吹き込んだ奴は。そんな訳ないじゃん魔法が使える職業に就いてたってのが今言えるヒント。
すみません。俺についてはリグたちにも何にも言わないってことで。ないとは思いますけど、剣で脅されたり、炎で脅されたりしたら返り討ちにして下さって結構ですから」
「私は人のプライバシーに関することはまったく言わない。時と場合を除いては、な」
意味深な発言を繰り返すバースと神官の妙な友好さを、リグたちは妙なものを見るかのようにして見つめていた。
話がエルファのおねだりからかなり逸れてしまったが、とりあえずリグたちはその塔がどんな所かも知らずに明日、乗り込むことにした。