詩人の旅 1
ライムが消えた空を仰ぐ。
どんなに名前を呼んでも返事はない。
リグは唇を噛むと鋭い視線で魔物たちを睨みつけた。
感情のままにライデインを唱えると、制御を失った雷撃が森全体に降り注ぐ。
やめてと窘めるエルファの声も途切れ途切れで、後に何と言っているのかわからない。
右も左もわからない土地でライムが消えた。
これに驚きと憤りを感じない人がいるだろうか。
雷撃も消してしまうかのような氷柱の大量発生に、リグはようやく魔力の開放をやめた。
魔物の無残な屍に覆い尽くされた大地を眉根を顰めながら踏みしめ現れたもう1人の仲間の名を、エルファがほっとした声で呼ぶ。
リグは地面にへたり込むとがくりと頭を下げた。
「どうしたんだよ、やけに派手に騒いで」
「・・・ムが・・・」
「ん?」
「ライムがバシルーラで飛ばされた。どこに行ったのか今すぐ調べてくれ」
「そんなの地図見りゃわかるだろ。俺お手製の地図はちょっと特別で、魔力がある奴の位置を特定するんだよ」
「・・・お前やっぱり使えないアホ賢者だな」
「口癖? 今のどこでアホって言われる?」
「ライムだぞ? ライムは魔力ないだろ・・・」
「あ・・・」
祈る思いで地図を開くが、自身の居場所を示す青い光しか地図には輝いていない。
どこまで馬鹿なんだよ人生最大のがっかりだよなんでこんな奴が賢者なんだよさっきの自称お前の親父さんに文句言いたいよ。
泣きそうな声でぶつぶつと恨み言を連ねるリグが発した親父という単語に、バースは表情を険しくした。
旅の途中で思わぬ拾い物をした。
いつ誰が倒したのかわからない魔物の屍が腐り生まれた毒の沼地の隅で、夜でも鮮やかに映える赤毛の女性を拾った。
全身毒にまみれており、初めは死んでいるのかと思い使者を弔う歌を歌った。
しかし、歌の途中で息をしていると気付き慌てて生への喜びの歌を歌い直した。
宿に寝かせ解毒剤を飲ませたので毒は抜けただろうが、毒風呂に浸かりっ放しで体力は相当消耗しているようだ。
回復呪文が使えればいいのだが、生憎とこちらは旅の吟遊詩人で竪琴がなければ非力に近しいので介抱するにも限度がある。
さて、どうすればいいのだろう。
シスターに頼んだが病状は芳しくなく、このまま看取ることになる可能性も出てきた。
名も知らない女性を葬るとは複雑な気分だ。
彼女としても、何が悲しくて見ず知らずの男に看取られなければならないのかと不満でいっぱいだろう。
ガライはベッドで昏々と眠る女性をしげしげと眺め、ほろんと歌を口ずさんだ。
「目が覚めたこの子は僕に一目惚れする・・・なんて考えたけどなさそうだなあ・・・」
「・・・・・・」
「そもそも彼女、このまま起きずに天に召されてしまいそうだし」
「・・・・・・」
「そうだ、彼女を送る歌を今度こそ考えておこう」
「遂に人を殺したのか?」
「やあプローズ。違うよ、君と一緒にしないでくれるかな」
「誤解はやめてくれ。僕もまだ人を殺してはいない。すべて未遂さ、あの人のせいで」
「それで良かったんだよ。人を殺したら君は本当にこちらに戻れなくなる。僕はそんなの嫌だ」
音もなく部屋へ入ってきた親友には目もくれず、紙に思いついた文を書き留める。
彼女が天に召されてしまう日が近いかもしれないから、一刻も早く作らなければならない。
親友は世界で最も強い魔力を持つ賢者だが、彼は人助けをしようとは思わないだろう。
ガライに無視をされたプローズは、妙に膨らんでいるベッドが気になりちらりと端をめくった。
剥き出しの足が視界に飛び込んできて、思わずガライを見つめる。
今の足は女のものだ。
プローズはもう一度、今度は顔の周りの布をめくった。
無意識のうちに手が動き、口が慣れない回復呪文を唱えていた。
「あれ、珍しいね君が人助けなんて」
「・・・ガライ、彼女をどこで」
「毒の沼地に落ちてたよ。死んでいるのかと思ったけど生きていて、解毒もしたけど他に手の打ちようがないから今は彼女を弔う歌を作っている」
「落ち・・・? 他に誰もいなかったか? 黒髪の青年や青い髪の女とか」
「彼女1人きりだったよ。プローズ知り合い?」
「知り合い・・・だが知り合ってはいけない知り合いだ。そうか・・・、バシルーラか・・・?」
過去を遡る力を持たないプローズには、彼女に何が起こったのかはわからない。
しかし、目の前に彼女がいるというのは紛れもない現実だ。
死なせるわけにはいかない、様々な人のためにも。
プローズは眠り続けるライムを見下ろし悲しげに目を伏せた。