時と翼と英雄たち


詩人の旅    2







 とうの昔に人を捨てて魔王の手下になったと思っていたのだが、どうやら彼はまだ人だったようだ。
ガライはベッド脇の椅子に座り真剣な面持ちで看病を続けている親友を見やり、ふっと口元を緩めた。
愛情と縁遠い人生を送ってきた彼が、身内でもなんでもない赤の他人を気にかけるとは珍しいこともあったものだ。
実弟とすら本気で殺し合うほどの仲だというのに、彼女はいったい親友の何なのだろうか。
未来のためという建設的思惑の元親友がかけたガライにとっては呪いでしかない魔法によって、世界中の人々はアレフガルドの文化人たちの頂点に君臨する賢者一族の
後嗣の存在を忘れようとしている。
いずれ、世界は自分1人を除いて親友のことを忘れる。
忘れるどころか、初めから存在しなかったものとして扱うようになる。
だから、たとえ彼にとっては知り合いであっても眠り姫は既に彼のことを覚えていないかもしれない。
知り合いではないが知り合いのようで、知り合ってはいけない人。
プローズの彼女を評する言葉が煮え切らないものだったのも、このせいなのだろう。





「彼女、生き返るの? 顔色すごく悪いけど」


「死なせない。・・・こう思ったのは2度・・・いや、3度目かな」


「この子そんなに弱いのかい? プローズ、君弱い人は愚かしいから嫌いだって言ってじゃないか」


「弱くない。強いからこうなってしまうんだ」


「ふうん。それで、生き返るの?」


「だから死なせないって言ってるだろう。そもそも、応急処置がもっと良かったらここまで酷くならずに済んだんだ」


「それはシスターに言うべきだね」






 どこにいても尻拭いばかりだ、面倒だ。
プローズは小声でぼやくとライムの額に手をかざした。
ここへ来て初めて見た時と比べるとかなり顔色が良くなった。
脈も安定しているので、目覚める日も近いと思う。
本当はしばらく養生してほしいのだが、彼女はそれを望みはしないだろう。
仲間を思う力が強いから、今すぐにでも仲間に会いたいと言うに決まっている。
会わせたくないような会わせてやりたいような、プローズの心は揺れに揺れていた。





「ガライ、僕のことはいつになったら忘れてくれる?」


「忘れるものか。僕が紡ぐ詩は賢者様の呪いをも弾き飛ばす真実の言葉。僕の詩が世界から消えない限り、君の存在は無には帰さない。たとえ僕の命が尽きようとも」





 大切な人を喪うことの寂しさや辛さは君が一番知ってるはずなのになあ。
ガライはふふふと笑うと、眠り姫の目覚めを祝福する歌を作り始めた。







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