詩人の旅 10
風呂から上がりさっぱりとした気分で寛いでいたライムを強引に部屋から連れ出し、見渡す限りの砂漠が広がる街の入口へと誘う。
突然の来客に警戒したのか、咄嗟に剣と盾を手に取っていた彼女の反射神経は素晴らしいと思う。
きっとここに来るまでの間、異世界でも困難な旅を続けてきたのだろう。
彼女ほどの腕の立つ戦士ならば、ここからの小旅行も難なくこなせるはずだ。
ガライは砂漠の更に先を見通すように目を細めると、不安げな声でガライと呼びかけてきた背後のライムを振り返った。
「急にどうしたの? 夜の砂漠は冷えるわ」
「ドムドーラはいつでも夜だよ。ねえライム、駆け落ちって興味ある?」
「えっ?」
「あ、勘違いしないでね。僕はライムじゃない人を愛しているから、今からやるこれは本当の意味での駆け落ちじゃあない」
「待って、話が見えないわ。まず、ガライはどこに行こうとしているの?」
「それは行ったらわかるよ。でも僕1人じゃあさすがにちょっときついから、ライムもどうかなあと」
「プローズは? 彼もいっしょにいた方がもっと安全よ」
「駄目だ、プローズは連れて行けない。もっと言えば僕がこれからやろうとしていること、今この瞬間もプローズに知られたらいけない」
だから今頃プローズは僕の子守歌でぐっすりお休みさ。
事もなげに歌うように言うガライの楽しげな顔を見たライムは、不意に得体の知れない寒気を感じ思わず両腕で体を抱いた。
今見ているガライの笑みは、旅の道中見せてくれた飄々としたそれとは似て異なるものに見える。
柔らかく、時に熱ささえ感じられる温もり溢れる笑顔を違いどこか冷ややかだ。
プローズがいないからとも考えたが、ガライはプローズがいない時も柔らかな笑みを浮かべている。
彼にこのままついていくのは危険だと、リグほど正確ではないが危険と隣り合わせの旅により鋭くなった第六感がしきりに警鐘を鳴らしている。
いくら彼が命の恩人だろうと、危険すぎる。
何がどう具体的に危険なのかわからないのに不安に駆られ、ライムは小さく呻いた。
ここにはリグもバースもいない。
プローズは今は頼れない。
ライムは、ガライの歌力がともすれば魔力を上回るほどの強さを持っていると戦いを通して知っていた。
治癒を促す歌も歌うガライがいれば、戦闘で怪我をしてもすぐに困ることはない。
プローズの強力な魔法がないため火力には欠けるが、戦えないことはない。
しかしそれでもライムは不安だった。
初めに助けてくれたのはガライだが、出会ってから何くれとなく世話を焼いてくれるプローズに相談もせずに行動することが躊躇われた。
プローズもよくわからない人間だが、ガライはわかりやすいようでわかりにくい不気味な青年だ。
プローズがある日言った、ガライと盾頃の関係についても気になる。
呻いたきり顔を伏せていたライムを、ガライがにっこりと笑い見下ろす。
激情や成り行きに押し流されないライムがますます気に入っていた。
プローズが彼女を見捨てようとしない理由も、共に旅をするうちにわかってきた。
ライムは柔軟な発想を持った、夢に一途な人だった。
もしもライムが意固地なまでに一途だったら、プローズはとうの昔に彼女を捨てていただろう。
ライムが一途で、それを成し遂げるためにこちらの予想だにしない提案をしてくる人物だったから放っておけなくてプローズは手を差し出した。
魔力を持たないライムに興味だけでなく少なからず好意も抱いている愛しきともに、ガライは驚きと安堵を覚えていた。
ライムは彼をこちら側に戻してくれる、留まらせてくれる貴重な存在だ。
プローズは、ライムがいる限り完全に人間を捨てられない。
ガライの願いはアレフガルドの平和ではなく、いついつまでもプローズが人で在り続けることだった。
「大丈夫、ここからそう遠くはないし用もすぐに終わるよ。どうかなライム、やっぱり女の子はプローズみたいな色男がいないとやる気出ない?」
「からかわないで。・・・本当にすぐ終わる? 用が終わったらドムドーラに戻る?」
「当たり前だよ。君の目的地はマイラの村。プローズは来ないかもしれないけど、僕はそこまでライムに付き合うよ」
「・・・わかった。でも危なくなったらすぐに引き返すって約束して。それができるなら、私も今すぐ支度をするから」
「わかった約束する。だからライムも準備してきて。くれぐれもプローズには・・・」
「起こさないわ。・・・彼、私と会ってからずっと無理してるみたいだもの。せっかくベッドで休めるんだからゆっくりさせてあげたいわ」
「・・・さすがはプローズの見込んだ人だな、ライムは」
くるりと踵を返し、準備のため宿屋に引き返したライムの背中を見送りながら小さく呟く。
ねえプローズ、アレフガルドに住まう人すべてが皆同じ願いを持っているとは限らないんだよ。
君が君の願いを叶えるために全力を尽くすというのであれば、僕も僕の夢を叶えるためなんだってする。
たとえそれが、とある人の夢を潰すことになったとしても。
ガライは支度を整え再び姿を現したライムを伴い、真の相棒が眠る実家へと歩き出した。
あとがき(とつっこみ)
詩人と変人と美人の三人旅でした。変人がどんどん手に負えない面倒臭い変人になりつつあります。
私が考えるガライは、ちょっと抜けているところがあるふわふわとした流浪癖のある吟遊詩人です。
ライムやプローズと(見た目の)歳は変わらないくらいで、いわくしかないプローズを心の底から愛する大親友です。