詩人の旅 4
話には聞いていたけれど、君は本当に勘が鋭いんだね。
何ら楽しい話をしているわけでもないにもかかわらず、柔和な笑みを湛えゆっくりと口を開いたバースの父を凝視する。
つかみどころがないのは親子だからか。
リグは今にも暴走しそうな魔力を全身に漲らせているバースを横目で見やり小さく息を吐くと、勘なんかじゃないと答えた。
当時は常に状況が緊迫していたから考えることができなかったが、今になって思えば彼が現れた時のバースはいつにも増して異常だった。
基本的に温厚でおちゃらけた性格のバースが、冗談を口にしようものなら問答無用で氷漬けにしそうなまでに殺気立っていたのが彼との出会いの時だった。
少し冷静になっていれば、もっと早く彼とバースの関係に気付けていたかもしれない。
そうだとしたら、今この瞬間に真実を知るのは遅すぎたということになる。
リグはひんやりとした柱に体を預けると、当時を思い出すかのように目を閉じた。
「2回会ったことがある。一度目は殺されるかと思った。二度目もやっぱり殺されるかと思った」
「彼の名はプローズ。私の息子でバースの兄だ。魔力がとても強い子で、バースとどちらが強いかな・・・?」
「あいつと比べんな! 俺はあいつみたいな裏切り者じゃない! 俺は、俺はあいつが!」
「バース、落ち着いて」
「落ち着く方がおかしいんだよ! 俺を散々馬鹿にするだけならまだいいけどエルファを毛嫌いしてリグやフィルちゃん、ライムにまで手を出して!」
「バースやめろ逆上すんな」
「何だよ、リグも怖いのか? 魔力開放させて、魔物を灰も残らず消滅させる力が?」
「そうじゃない!」
喚くバースに負けない声量で声を張り上げたリグが、もたれかかっていた柱を拳で強く叩く。
清らかな魔力に満ちていた静謐な空間がぶるりと震え、柱の中でどういう原理か燃えていた青い炎が揺らめく。
勘違いするなよ。
リグはドスを利かせた低い声で呟くと、押し黙り俯いたバースの胸ぐらをつかみ上げた。
「俺らが今知りたいのはお前の兄貴のことじゃない。ライムが今どこにいるのか知りたくて、お前だけじゃどうにもならないからここまで来たんだ。
取り乱すならやることやってからにしろ」
「・・・アレフガルド一の魔力を持つ俺にわかんないもんが、ここに来たからってすぐにわかるわけがない」
「アレフガルド一? 違うな、それはバースの思い込みだ」
「は・・・?」
「この世界で一番魔力を持ってるのはバースじゃない。俺はどっちの力も真正面から受けたことがあるからわかる。強いのは兄貴の方だ」
「ほう・・・、当代勇者はなかなか思い切ったことを言う・・・」
「二番目の手に負えないもんは一番目に頼むしかない。バース、今すぐ兄貴の居場所割り出せ。母さんの力使ってでも服従させる」
利用できるだけの力がある奴はとことんまで利用しないと、せっかくの力がもったいないだろ?
リグは不敵な笑みを浮かべると、バース特製の地図をひらひらとかざした。
人の些細な感情を誇大表現することを生業としている友人を持つと面倒だ。
プローズは数日前からしきりとライムとの関係について尋ねてくるガライに、通算20度目となるうるさいとの叱責を飛ばしていた。
ただでさえ治癒呪文は慣れず精神をいつも以上に集中させているのに、横からほいほいと口を挟まれると効果が薄まってしまう。
脈は安定し毒も完全に抜け峠は越したとはいえ、まだ安心するのは少し早い。
ライムが目覚めて初めて安堵の息を吐くことができる。
プローズはライムに片手を向けたまま、顔に落ちてきた髪をもう片方の手でかき上げた。
「色男は何をやっても絵になるよね」
「僕は鏡は見ないんだ」
「眠り姫も綺麗そうだし、2人って結構お似合いかも」
「馬鹿なことを言うな。・・・彼女には恋人がいる」
「へえ! どんな人? ていうかなんで知ってるの?」
「会って、ずたぼろになるまで傷つけたからさ」
「相変わらずえげつないことばっかりしてたんだ。友だち失くすよ」
「君はいつになったら僕の友人をやめてくれるのか、僕はその日をすごく楽しみにしてるんだけど」
「ふふ、そう言うだろうと思って一生やめないって決めてるんだ」
えげつないのはどちらだ。
にこにこと笑いながらこちらが望みもしていないようなことばかり口にして、これが人々の心を豊かにする吟遊詩人なのかと彼の職業を疑いたくなる。
そもそも、治癒はガライの方が恵まれた力を持っているはずなのになぜ何もしないのだ。
プローズの心中を見透かしたように、ガライは歌うように言った。
「僕は竪琴がないと気分がいまいち乗らないんだ。まったく、あれを僕から取り上げたのはプローズなのにぼけたのかい?」
「楽器は楽器だ。君は君の体そのものが楽器、あいつらを魅了する竪琴なんていらない」
「プローズ、その言い方少し官能的」
「・・・ふざけているなら少し黙ってくれないか」
「ふざけてなんかないよ。どこまでも人間である僕がプローズと話し続けることで君はこちら側の人間でいられる。ねえプローズ、どうして僕の名前をあんまり呼ばなくなった?
昔みたいにもっとたくさん呼んでよ、ガライって」
せがまれ名前を呼ぶことが躊躇われ、だんまりと決め込んでいるとガライが追い打ちをかけるように更に呼びかける。
名前を呼ぶことが少なくなったのは、友のことが嫌いになったからではない。
今でも好きだからこうして会いに来ているのだし、本当は他人行儀に君などとは呼びたくもない。
それでもなお自らの意志と反して頑なに名を呼ぼうとしないのは、呼んだことにより未練を作ることが怖いからだ。
プローズは下唇を噛むと、ライムに当てていた手に力を籠めた。
「彼女に注ぐ力がぶれたら君の・・・、ガライのせいだ」
「その時は僕が手助けするよ」
まあ、ここまで回復していればもう魔力も歌力もいらないとは思うけど。
ガライがぽつりと呟いた数秒後、ライムがゆっくりと目を開けた。