詩人の旅 5
眠り姫がゆっくりと目を開ける。
目覚めの朝だ、今もずっと夜だけど。
笑えない冗談を呟くガライの隣で、プローズは慌てて呪文を唱えた。
真の姿を見られるわけにはいかない。
一度ならず二度、もしかしたらもっと多くの回数彼女に顔を見られている以上、今ここで姿を晒すわけにはいかない。
呪文の煙の中から現れたプローズを見たガライが目を細め、小さく笑う。
モシャス得意だよねと言うガライに、プローズはぶっそりと父の遺伝さと答えた。
「・・・ここは・・・?」
「目が覚めた?」
「・・・!? あ、あなたは誰・・・?」
「僕? 僕はガライ、旅の吟遊詩人だよ。こっちの彼は僕の友人のプローズ。君を看病していた・・・・・・何て言えばいいのかな、君って何になるの?」
「・・・通りすがりの旅人だ」
「吟遊詩人と・・・旅人?」
「そうらしいよ。体調はどう? 毒の沼地に落ちてたから一応シスターやプローズが解毒したりしたんだけど」
ライムは辺りを見回すと、布団の中から手を出しゆっくりと握った。
よほどシスターとプローズとやらの腕が良かったのか、痛みはどこにもない。
これならすぐにでも戦えそうだ。
戦いと呟き、ライムはがばりと体を起こした。
突然の起床に驚く2人を尻目にベッドから抜け出し、立てかけてあったバスタードソードを手に取る。
行かなくちゃ。今すぐリグたちと合流しなくちゃ。
ドアノブに手をかけたライムにふわりと上着をかけられたのはその時だった。
「傷は癒えただろうけど、まだ無理をしてはいけない」
「そうだよ。もう少しゆっくりしてから外に出た方がいいよ。ここら辺の魔物はちょっと強いしねえ」
「悠長なこと言わないで。助けてくれたのには感謝してるわ、ありがとう。でも私には行かなきゃならない場所があるの」
「そうだとしてもだ。あなたはたった1人で外に倒れていた。ガライが見つけなかったらそのまま魔物の餌食となっていただろう。
回復呪文も使えないあなたが1人で外に出て、それで本当に仲間と合流できると?」
「・・・どうして私に魔力がないって知ってるのかしら。どうして私には仲間がいるって知ってるの」
「それは・・・」
「それはね、僕も彼もちょっと特殊体質だからだよ。たまにいるんだ、他人の魔力の有り無しがわかる人って」
不快にさせたらごめんね、別に君を調べたわけじゃないから安心してねとガライが弁明する隣で、プローズも神妙な面持ちで頷いている。
かなり奇妙な2人に助けられたようだ。
ライムは小さく息を吐くと、剣を置きベッドに腰かけた。
今は2人が言うとおり無理はしないが、リグたちが待つか探している以上はこちらも早く出発したい。
ライムは何が楽しいのかにこにこと笑顔を浮かべているガライにここはどこと尋ねた。
「ここはメルキド、城塞の町。住民たちはどうせゾーマに滅ぼされるからと嘆き割り切ってだらだらと過ごしている」
「メルキド・・・」
「ラダトームから最も遠い町だ。徒歩で帰るには山脈と砂漠、そして森を抜けなければならない」
「マイラは? マイラにはどうやって行けばいいの?」
「マイラもやっぱりラダトーム経由だからものすごく遠いね。君はマイラに行きたいの?」
「ええ。リグ・・・、仲間と戦っていたら私だけバシルーラで飛ばされてしまったの。最後にいたのがマイラだったから、たぶん今もそこにいるんじゃないかしら」
「うーんどうだろう・・・。君がいつから沼地に落ちていたのかはわからないけど、ここへ連れて来てからは5日は経ってるよ」
マイラには温泉しかないし、余所の町に向かってるかもしれないねと聞きライムはそんなと嘆きの声を上げた。
笑顔でずばずばと言う青年だ、こちらを慰める気はさらさらないらしい。
プローズは表情を曇らせたライムをちらりと見つめ、それはないと断言した。
「何の目的もなしに危険を冒してマイラを訪れる旅人なんかそうない。あなたには何らかの目的があったからマイラへ行った。そうでは?」
「ええ、その通りよ。プローズ・・・だったかしら、あなたってすごく冴えてるのね。ただの旅人じゃなさそうに思えてならないわ」
「そう! プローズはすごいんだ! 僕の自慢の友人さ!」
「ガライ、落ち着くんだ。ここからラダトームまでの道のりには途中でドムドーラという町がある。まずはそこを目指すのがいいと思う」
もちろん、すぐに行くのは危険だから準備は充分にすべきだが。
プローズは淡々と話すと、地図から顔を上げた。
偶然ライムと目が合い、恥ずかしくなり思わず目を逸らす。
真正面からまじまじと見るのは初めてだが、やはり似ている。
ライムはプローズに笑いかけると、ライムよと口を開いた。
「私はライム、戦士なの。プローズ、あなたにお願いしたいことがあるの」
「嫌だ」
「そんなこと言わないで。お願い、ドムドーラまででいいから私と一緒に来てくれない?」
「嫌だ。僕は旅人だけど、人と馴れ合うのは好きじゃない」
「でもあなたには友だちがいるじゃない」
「そうだよプローズ、僕っていう人がいるのにその言い草は酷いよ。そうだ! 2人きりが恥ずかしいなら僕も一緒に行くよ!」
「「え」」
「そろそろここも飽きたし、ドムドーラの賑やかさが懐かしくなってきてさ。大丈夫、僕もその気になれば歌で魔物を眠らせるくらいは!」
「考え直すんだガライ。僕は君を危険には巻き込みたくない」
「じゃあ訊くけど、いったいこの世界のどこに危険じゃない場所があるっていうんだい? 僕は何もしないでただ死を待つよりも、一秒でも長く外の世界に出てありとあらゆる詩を作りたい」
「ふふ、2人って本当に仲良しね」
プローズさえ良ければ、私はガライとも旅をしてみたいわ。
そう言ってにっこりと笑うライムに、プローズは渋々と頷いた。