勇者への路 4
我が夫を侮辱するとはなんたる無礼、そなたら名を名乗りなさい。
殺気ある声を、まさか湯治の村で聞くことになるとは思いもしなかった。
しかも一応は勇者の背後を取るなど、相手は普通の女性ではないようだ。
リグとライムは目配せすると、ゆっくりと両手を上げ降参の意を示した。
「ごめんごめん、悪かった。俺はリグでこっちはライム、俺たちは他2人と旅してるんだ」
「旅の者・・・。だからそなたたちは刀を求めていたのですか」
「そんなとこ。・・・なあ、そろそろお姉さんの顔見てもいい? なんだかいつまでも背中に剣突きつけられてるみたいで怖くてさ」
「ふふ、たかが1人の女を怖いとは・・・。しかし我が夫の鍛えた小刀の切れ味は抜群、たとえ鋼の肉体であっても易々と傷つけることができましょう」
振り返った先の黒髪黒目の女性の手に握られていたギラリと鋭い光を放つそれを見て、リグは怖気が本物だったと知り笑顔を引きつらせた。
村の中とはいえ安心しきってはいけない。
力で劣るとは思えないが、彼女が信頼し愛している道具屋の店主とやらの腕は相当のもののようだ。
うっかり毒でも塗られていたらひとたまりもない。
リグは改めて女性を見やり、あれと呟き首を傾げた。
黒い髪に黒い瞳、独特な髪の結い方と服は以前も見たことがある。
しかも一度や二度ではなく、アレフガルドに来るすぐ前にも彼らとは会った気がする。
女性は小刀を懐に仕舞いリグとライムににこりと笑いかけると、私はカエデと名乗った。
「やまたのおろちという化け物の生贄にされそうになった時、私たちは逃げ出しました。そしてこの世界に迷い込んだのです。
我が夫はジパングで刀鍛冶をしていましたのよ」
「ジパング、やっぱそうだこの人もヤマトたちと同じ国の人だ。だろ、ライム」
「そうとしか考えられないほどに特徴がそっくりね。カエデさん、私たちはジパングを知っているわ。おろちのことも、ジパングの刀鍛冶のことも」
「まあ・・・。ではぜひ夫に会って下さいな。刀も夫ならばきっと直してくれましょう」
アレフガルドにはギアガの大穴を通らずとも落ちてくる者がいるとは、以前ラダトームで聞いたことがある。
どこかから逃げてきて、気が付いたらここにいた者。
暗い森を彷徨っていたらアレフガルドに着いていた者。
死を覚悟していたが、目を開けたらラダトームで介抱されていた者。
おそらくはカエデ夫妻も偶然落ちてきてしまったのだろう。
彼女たちがいつのジパングから出奔してきたのかはわからないが、ひょっとしたらヤマトのことも知っているかもしれない。
ヤマトが話していた、世界のどこかにいるはずの鍛冶の師匠が道具屋の主人かもしれない。
たとえ彼がヤマトを知っていてもそうでなくても、まずは剣さえ直してくれたらそれでいい。
カエデに連れられ店に案内されたリグとライムは、店内に飾られた美しい刀に感嘆の声を上げた。
思わず触りたくなる、指が切れようと触らずにはいられない魔性の輝きを放つ刀が目の前にある。
衝動に任せ刀身に指を這わせると、案の定指にすうと赤い筋が入る。
すげえ、綺麗すぎる。
リグはすぐにホイミを唱え傷口を塞ぐと、薬草を突き出したまま固まっている店主を見てあーと困惑の声を上げた。
「もしかしてそういう商法だったりした・・・?」
「・・・・・・あまり己を傷つけるな」
「いやだって、怪我すること承知で触りたくなるくらい綺麗だからさ・・・!」
「すごいわカエデさんの旦那様。ねえリグ、稲妻の剣も見てもらいましょうよ」
「お、おうそうだな! あのすみません、俺の剣も見てほしいんですけど・・・」
商売そっちのけで刀を見つめる店主に、おずおずと稲妻の剣を差し出す。
店主は無言で剣を見つめると、台に置くや否や金槌で剣を真っ二つに叩き折った。
「・・・え? ちょ・・・、は・・・!?」
「このようなもの、もはや刀とは呼ばん」
「そりゃいくらか刃こぼれとかはしてたけど、でもそれ真っ二つに折るってのはないだろ! どうするんだよ、俺これしか持ってないに等しいのに!」
「こんなもんで戦うなど死ぬぞ」
「こんなんで戦っててなんとか生きてここまで戻れたんだよ! ああもう俺の稲妻の剣が・・・」
修復を頼んだはずが、真っ二つに叩き折られて返された愛刀にリグは悲鳴を上げた。
ネクロゴンドの長く苦しい洞窟で見つけたこの剣は、バラモスとの激戦を共に戦った戦友だ。
確かにもう使えないかもしれないが、刀鍛冶ならば折ってしまう前にもっと打つ手があったと思う。
俺の知ってる刀鍛冶とは大違いだ。
思わずそう呟いたリグの言葉に、店主がなにと言って顔を上げる。
リグは道具屋の主人を睨みつけると、刀鍛冶だかなんだか知らないけど、と前置きして言い放った。
「腕がいいのか器用なんだか、俺は出来上がったやつ使うしかできないからわかんないけどさ。依頼主の思いっての無視して作った剣の方がよっぽど切れ味悪いんじゃないか?」
「剣士に何がわかる」
「わかんないさ。わかんないけど、でも剣が俺に合うかどうかは俺らだからわかる。昔は俺が使ってた草薙の剣は、今は俺は使えない。
それって刀鍛冶が新しい遣い手用に新しく生まれ変わらせたからだと思う」
「・・・待て、今、草薙の剣と言ったか?」
「ああ言った。見たいか?」
「それが真であるならば」
伝説の剣をそなたたちが持っているとは到底思えぬが、それでもそれが草薙の剣と呼ばれるものであるならば私が見極めたい。
噛み締めるようにゆっくりと口にする店主をリグはじっと見つめた。
草薙の剣の名を出せば、頑固で偏屈な職人も心を動かすとは思っていた。
稲妻の剣を駄目にされた以上、今のリグに残された道はエルファように鍛え直された草薙の剣に再び新しい命を吹き込んでもらうことしかない。
しかしそれができるのはジパングのヤマトか、彼と同じかそれ以上の腕を持ち草薙の剣に畏敬の念を持つことができるジパング人だけだ。
何にしても、どんなに酷い仕打ちに遭わされようとこの男の力を借りるしかない。
なぜだろうか。
以前は悔しいと思っていただろうに、馬鹿賢者の命とアレフガルドを巻き込んだ争いを見てからは何も考えなくなった。
あの戦いを経てもっとも人間らしくなくなったのはプローズでもバースでもライムでもなく、自分かもしれない。
そう思ってしまうほどにリグは冷めていた。
「明日ここに今の草薙の剣の使い手を寄越す。稲妻の剣の代償に新しいの作ってくれるか草薙の剣を鍛え直してくれるか、持ち主と相談してくれ」
「ちょっとリグ、そんなことエルファに相談もしないでいいの?」
「エルファだってたまには外に出してやらないと、ずっとあんなとこにいてエルファにまで馬鹿が移ったらどうするんだよ」
「でもエルファは今は修行中でしょ。エルファが出たがらないわ」
「エルファにその気がなくてもバースは出たがるだろ。バースもあれで結構溜まってると思う、あの家あいつの実家なのに実家ぽくないし」
ああいう家って下手な王家よりもしきたりとか厳しそうだよな、うちの母さんなら即家出てたぜ。
ああいう家でなくても即家出して故国を滅ぼす遠因を作った母のことをさらりと口にしたリグに、ライムは苦笑いを浮かべた。