勇者への路 5
バースはいつでも突然だ。
ネクロゴンドを訪れたのもそうだったし、リグたちと旅をするようになってからもいきなりこちらを突き放したりいなくなったりする。
バース自身はアレフガルドに来たら情緒不安定になると言っていたが、そんなものは実はとっくの昔から始まっていた。
落ち着き、すべてを見通している上ではしゃいでいるように見えて、本当は何もかもに戸惑っていたのだ。
バースの一族、殊に直系と呼ばれる人々は外へ出ることすら制限、あるいは監視される生き方を強いられる。
バースたちの父がまったくの余所者を妻に迎え入れたのは異例中の異例だったというし、アレフガルドを去ったバースも相当な抵抗を受けたに違いない。
だからここへ戻ったばかりの彼は実家だというのに居心地が悪そうだったし、周囲の目も厳しかった。
バースいわく『エルファのおかげ』だったらしい一悶着を経てからはようやく実家らしくなったようだ。
やっと故郷に帰って一息ついて、今こそ集中すべき時だというのにやはりバースはバースだ。
エルファは杖を握っていた手をつかまれ森を駆け抜けたバースに連れられ、マイラの村へと来ていた。
「・・・あの、バース・・・」
「ああわかってる。エルファの言いたいことはちゃんとわかってた。そろそろ息抜きしたかったんだよな?」
「・・・メラゾーマを教えてもらおうとしてたんだけど」
「そんなもん俺だって教えられるよ。それにマヒャドの方が範囲攻撃で使い勝手がいいから超おすすめ」
「もう、バースそればっかり・・・」
良かった、エルファは一応深呼吸してくれている。
一生懸命なエルファは気付いていないが、長い時間魔力を放出し続けている彼女の体は少しずつではあるが弱くなっている。
守護賢者一族は先祖たちが残し今も神殿を守り続けている力によって自身の魔力の放出を最小限に抑えられるが、一族外のエルファにその恩恵は与えられない。
(ゆくゆくはエルファもうちに来ればいいんだけどな・・・)
「バース、バースどうしたの?」
「いや、なんでもない」
それにしてもリグは相変わらず目敏いというか手酷いというか、とにかく勘だけは鋭い。
そろそろ外に言ったん出とかないと逃げ道潰されるぞとは、まさしくその通りだった。
一族の者は皆、長らく出奔していた直系の次男坊が帰還し真面目に精進していることに少なからず期待するようになった。
しかも出戻って来た次男坊はただの不良ではなく、精霊ルビスの加護を受けた稀有なる若者たちまで連れて来たのだ。
やはり我が一族の時代はバース様を置いて他にはおられない。
ゾーマを倒すなど危険すぎる、我らの手でどうにかしてバース様の旅立ちを阻止せねば。
当主を亡くし、長男もいない今の一族にとって自分は間違いなく最後の希望だ。
このままでは外に出る道も封鎖されかねない。
果たしてリグがそこまで見通していたのかどうかは仮にそうだとしたらたまらなく恐ろしくなるので追及しないが、バースはリグの誘いをありがたく思っていた。
「リグ、マイラですごく腕のいい武器鍛冶職人さんに稲妻の剣を折られたって知ってた?」
「ああ、昨日聞いた。すごいことする奴もいるもんだな、そいつに喧嘩吹っかけたリグもすごいけど」
「その人ジパングから落ちてきた人らしくて、だからリグ私に行ってこいって言ったのかな」
「草薙の剣まで折るんじゃないだろうな・・・」
「まさか・・・。だってヤマト言ってたじゃない、草薙の剣はジパングの宝だって」
まさかとは思うが、それでも疑念は拭えない。
ゾンビキラーを買えるだけの金銭的余裕がなかったリグたちにとって草薙の剣は、何にも代えがたい現役の戦友だ。
これも叩き折られそうになったら、鍛冶屋には悪いが眠ってもらうしかない。
バースとエルファはリグに案内された道具屋の暖簾を潜ると、思わず顔を見合わせた。
戦前なのか、棚中びっしりと剣が置かれている。
あれでもないこれでもないとどこからか物を取り出しては放り投げている男が、リグが言っていた変人鍛冶屋なのだろうか。
バースは頭にがつんとあたりそこそこの痛みをもたらした投擲物を拾い上げると、何だこれと声を上げた。
「おいこれあんた、どこでこんな金属仕入れたんだよ」
「それってすごいの?」
「ああ、ミスリル銀だ。軽いけど耐久性は抜群で、エルファみたいにか弱い女の子でも使える高級品。でもこれはアレフガルドじゃ産出されなくて、遠い海の向こうじゃないと採れない」
「海の向こうって、でもアレフガルドは封印されてるから・・・」
「だからどこでって訊いてんだよ。ジパング・・・は鉱物には恵まれない土壌だ。あんたいったいこれどこで・・・」
ようやくバースの声が届いたのか、男が顔を上げる。
そして目を細めバースたちの姿を確認すると、昨日の連れかと呟いた。
「そなたらの連れはいささか言葉に粗暴さを感じる。人を愚弄するなどありえぬ」
「そりゃ自分の剣折られりゃ暴言も吐くだろ」
「バース」
「あの剣は直したところでいずれ折れていた。よほど業の深いものを切ったのだろう、あのままではあやつが斬られていた」
「「え?」」
「剣には魔が移る。力が強い剣ほど移りやすい。ゆえに草薙の剣は宝刀にして妖刀とも呼ばれ、我ら鍛冶職人が魔を清め鎮めるのだ」
どれ、そなたのそれも清めてやろう。
男に剣を指差され、おっかなびっくり草薙の剣を渡す。
良い剣だ、とても懐かしい。
男はゆっくりと刀身を撫でると、バースたちから背を向けた。
ヤマトも、ここぞという時にはいつも背を向けていた。
背中が似ているなと、エルファはぼんやりと思った。
「ミスリルは剣には向かぬ。あやつにはもっと重い深いものでなければ、剣が耐えられぬ」
「リグの剣を作るつもりなのか?」
「あれに勝る剣は買えぬ、存在せぬゆえな。ないものは誰かが生み出さねばなるまい。あやつに勝るとも劣らぬ、深き剣を」
「軽い深い重いって、剣ってそんなもんなのか? 俺にはわかんないけど」
「遣い手は感じるのだ。それで、いい」
さりげなく、もうお前と話すことはないと言われた気がする。
バースは男から帰された草薙の剣をいそいそと仕舞っているエルファに帰るかと促した。
剣のことも材質のこともわからないこちらに、彼の仕事を手助けできるような知恵はなかった。
「すごく綺麗になってる・・・。やっぱりヤマトと似てる」
「・・・・・・」
「あのっ、私今手持ちが少ないので申し訳ないんですけど、お代はこれでもいいですか? 安物だったらすみません」
「・・・え?」
「・・・ちょっ、エルファちょっと待とう。俺、これこそ失礼だと思う」
「だってこの人石が好きみたいだし、だったらこれも好きかなって・・・」
「うん間違ってないと思う。認識は合ってるけど、でもやめよう。そこらで拾ったもん渡してお金の代わりって、そりゃいくらなんでも「3万ゴールド」は!?」
「3万ゴールドで買おう。おつりは2万9900ゴールドだ」
「はーい」
「は!? はい!? おい待てこれなんだよ、3万もする鉱石っておい、うちの本にも載ってなかったのに!?」
「5日後に6万5千ゴールド用意してここに来いと、あれに伝えろ」
「倍以上で売りやがるつもりだ! じゃあ6万5千でこれ買えよ、俺ら損だろ!?」
「6万5千だ、びた一文まけん。よいな」
「は!? は!!??」
エルファはいったい何を格安セールしたのだ。
すべてに納得できないバースの叫びがマイラにこだました。