勇者への路 9
たとえ向かう先に罠があろうとも、そこが目的地である以上は何をもってしても必ず行かなければならない。
今までの旅で罠が待ち受けていなかった目的地などほぼなかったから、ドッキリには慣れている。
魔物の狩猟、盗賊、アホ賢者なんでもござれだ。
要はこちらが万全かそれに等しい準備さえしていれば大して怖くない。
最近は準備が間に合わず不意打ちが多すぎたので、今回は反省して装備もきちんと揃えた。
ローラから事前に情報を得て、完璧だった。
今日こそ完璧であるはずだったのだ。
リグは杖で弱々しく魔物を殴っているバースを振り返り、ちゃんと戦えと叱り飛ばした。
「殴るならもっとまともに殴れ! それで効いてると思ってんのか!?」
「思うわけないだろ、杖が折れるって!」
「じゃななんで剣持ってきてないんだよ、ゾンビキラーくらい遣えるだろ」
「買ってくれなかったものをどう遣えと? ああエルファ、そんなに張り切って振り回したら危ない・・・」
ローラに教えられた洞窟に入った瞬間から嫌な予感はしていた。
魔力を集中させてもすぐにかき消されてしまうような気持ち悪さばかり感じていた。
力を奪われたのではなく、空間そのものが魔力を遮断しているように思えた。
気のせいではないと気付いたのは、エルファが唱えたべホイミが不発に終わった時だった。
バースや自分のべホイミならばまだしも、回復のプロであるエルファの治癒呪文が失敗するなど魔力切れを起こしでもしない限りまずありえない。
その時はバース所有のありがたいご利益つきという杖の力によって事なきを得たが、呪文が使えないことはリグたちに少なくない混乱と衝撃を与えていた。
まず、火力が2人分減った。
先日の稲妻の剣城破壊騒ぎでは1人分の火力不足だったが、2人分となるとさすがに手が回らない。
賢者もある程度の攻撃はできるのだが、剣を持たない彼らに普段と同等の活躍を期待するのは無理な話だ。
いくら彼らが万能の賢者であろうとも、こちらも子どもではないからできることとできないことの判別くらいできる。
「できる」と「する」はまったくの別問題だが。
「バース、一瞬盗賊に転職してこい」
「ああ、それいいかも。いってらっしゃい、バース」
「ライムまで!? いや無理、今更アレフガルドから出れるか!」
「そ、そうだよ! それに今のバースが1人で歩いたら、出口着く前にやられちゃうよ!」
「みんなで一緒に行くわけじゃないんだ!? うんそうだよな、盾もうすぐだもんな・・・」
「盗賊のがまだ使えるだろ、その杖はエルファがやった方が効き目ありそうだし」
「効き目は変わんないけど、つーか本気で言ってる? ライム、エルファ!」
「訊く暇あるなら倒せっての!」
新しく鍛え上げてもらった剣は、使い始めてまだ間もないというのにすっかり手に馴染んでいる。
ヤマトも優れた刀鍛冶だったが、彼の師匠もまた素晴らしい刀工のようだ。
刀身が草薙の剣と似ているのは、同じ流れを汲むからなのだろうか。
軽く振っただけで風を起こし周囲の魔物を薙ぎ払うさまは、さながら神の力を得たかのようだ。
「リグが新しい剣もらったから、向こうに攻撃される前に倒せるんだよね。おかげで回復しなくていいもん」
「ここの奴らも魔力使えなくて参ってんのか、余所より弱い気がする」
「そうかな? でもリグが強くなってるのはほんとのことだよ」
「だといいけどお・・・っと!」
迫り来る魔物を蹴飛ばし剣を振り下ろした瞬間、足元がぱらりと嫌な音を立てる。
暗くてよく見えなかったが、どうやらここには落とし穴があるらしい。
底見えないなあと呟きながら穴を覗き込んだリグは、ぐいとマントを引かれ尻餅をついた。
「その穴はゾーマが地の底からアレフガルドにやって来た時に大地が引き裂かれた跡だって言われてる。落ちたら帰ってこれないからやめとけ」
「・・・そうなのか?」
「落ちて帰って来た奴いないから、つまりはそういうことだろ?」
「バース・・・、もっと早く言えよ・・・」
「俺が盗賊だったらそれ自体忘れてたかもな」
「バース、お前やっぱり馬鹿だな・・・」
「リグはさ、俺を悪いようにしか言えないわけ?」
へこむバースの頭をぽんと叩き、マントについた砂を払い穴の先へと視線を巡らす。
辛うじて崩壊を免れた細い道の先に、きらりと光る箱が見える。
おそらくゾーマはわざとあのような場所に置いたのだろう。
落ちて死ぬ覚悟があれば取りに行けと勇者を試しているのだろう。
面白い、取りに行くしかない。
リグは荷物を地面に下ろし身軽になると、崖へと歩き始めた。
「エルファ、落ちたら回復よろしく」
「えっ、えっ、どうやって・・・」
「んーそうだなー、とりあえずリレミトして・・・」
「できないよ!?」
「ああそっか、じゃあ・・・、あ」
「「「あ」」」
考え事をして歩いていたのが敗因だったようだ。
リグは足元に転がっていた骸骨に足を滑らせると、奈落の底へと落ちて行った。