時と翼と英雄たち


勇者への路    8







 姫の趣味がおかしいのかこちらがアレフガルド人の美的センスについていけないだけなのか、真実は定かでないがとにかくローラは変わった人だと思う。
バースやハイドルのように特別整った顔立ちでもない至って普通のリグを恋い慕う彼女の思いが、とんと理解できない。
女心の欠落とは思いたくないが、高貴な生まれの女性の趣味に振り回されている。
オルテガ様もああだった、王女キラーだったと必死にバースとエルファは納得しようとしているが、いずれにせよローラのリグ好きはアレフガルドで最も深い謎だった。




「ライムさんとも無事にお会いできたようで安心しました・・・」


「ほんとその節は心配させてごめんな、ローラさん。なんかローラさんには良くない夢も見させちゃったみたいで、あれからちゃんと眠れてるか?」


「ええ! ・・・ですが、夢の中でもリグ様にお会いしとうございます・・・」


「へ?」


「い、いいえ何も! ふふ、リグ様がいらして下さると、まるでここだけ光が戻ったかのよう」





 うふふと恥ずかしげに微笑むローラはとても美しい。
アレフガルドで最も美しい女性と称賛されるだけはある、闇をも照らす至高の笑みだ。
ライムたちはリグとローラが語らうソファから少し離れたテーブルで顔を見合わせ、首を傾げた。





「ローラ姫ってああいうのが好きだったのか・・・。道理で美形揃いの俺ら一族には靡かないし、微妙な距離感なわけだ」


「バース、それリグに相当失礼だよ。きっとローラ姫はリグの内面がすごく素敵なことを知ってて好きになってるんだよ」


「エルファの言い分の方が失礼だと思うけど。リグ、このままだとラダトームに婿入りするんじゃない?」


「王がどう思ってらっしゃるかは置いといても、ローラ姫なら多少強引な手を使ってでもありうるわね・・・」


「俺の勘だけど、ああいう女の子はやばいぞ。地の果てまで追いかけてくるような情の強さがありそうだ」


「バースはあんまり深くまで入り込んでくるような子は好きじゃないもんね」

「いっ、いやエルファにはどんどん来てほしいとは思ってるよ!?」





 賑やかに弁明していたことが気に障ったのか、リグがうるさいぞを声を荒げる。
ちょっといい話があるんだと告げライムたちを呼んだリグは、バースお手製の地図を広げるとここが怪しいと指差した。





「・・・怪しい?」


「城の兵から聞いたのですが、魔王はかつて勇者と呼ばれた者が使っていた盾をこの洞窟の奥へ隠したそうです」


「確かその盾はゾーマがラダトームから奪ったと聞きましたが?」


「ええ。盾を奪ったのは魔王ですが、隠し場所を告げたのもまた魔族の者だったそうです」


「わざわざ言ってくるあたり罠があるんだろうな」


「しかも俺らがラダトームに来そうって時期に話出してきたんだから余計気味悪い。俺ら、本当にゾーマに監視されてるんだな」





 アレフガルドの闇の中にいる限り、ゾーマから逃れることはできない。
マイラにいてもラダトームにいても賢者の庇護の元にいても、常に見張られ続けている。
だから今更どこへ行こうと同じだ。
リグは新調した剣を鞘から抜くと、じっくりと刀身を眺めた。
切れ味と相性を試し、己がこの剣にふさわしい者か見極めるいい機会だと思った。
本物の勇者となれるのか、己自身を試してみるつもりだった。





「俺はたぶん、その盾を装備できると思う。いや、できなくちゃいけないんだと思う」


「リグは勇者だもんね」


「そ、俺は勇者じゃなきゃいけない奴だから。だろ、バース」


「・・・そうだな。だから俺はリグに賭けた。俺ら一族の命運も、アレフガルドも、ルビス様もお前が勇者であってほしいと祈ってる」





 これほどまでに勇者を意識したことは、今までなかったかもしれない。
アレフガルドを救う勇者でなければ、ここへ来た意味がないのだ。
勇者でない自分など、勇者としてしか生きたことがないリグには考えもつかなかった。




「ローラさん、大事な情報ありがとう。俺ら今からその盾取ってくる」


「リグ様、皆様どうかお気を付けて・・・。私はラダトームから皆様のご無事をずっと祈っております」






 ローラはどこの馬の骨ともわからない異世界の旅人にもとても優しい。
オルテガの息子だから、同じ異界人のライムやエルファよりも更に親切にしてくれるのだろうか。
リグは熱い視線を注ぎ続けているローラににこりと笑い返すと、行こっかとライムたちに声をかけた。





「あ、あのっバース殿」


「はい? リグじゃなくて俺に何か?」


「・・・実は、夢を見ました。勇者の姿を」


「良かったじゃないですか。リグかっこ良かったでしょう」


「・・・確かにリグ様のようにも見えました。けれどもあのお姿は・・・、少なくとも、今目の前におられるあの方ではありませんでした」





 私はリグ様が勇者だと信じております。
私の夢は、ただの悪夢なのですよね?
そう縋るような声で尋ねてきたローラに、バースはただの夢ですとしか言い返せなかった。






backnext

長編小説に戻る