勇者への路 7
こんなことならば、もっと真面目に呪文の練習を積んでおくべきだった。
こんなことになるのなら、もっと真面目に呪文の練習をさせておくべきだった。
リグとバースがそう感じ深い溜息を吐いたのは、ゴールドマン作戦を開始しておそらく2時間ほど経った頃だった。
イナズマの剣を失ったリグが持てる武器はない。
袋の中を漁りに漁ってようやく出てきたのはアリアハン襲来の時にフィルから取り上げたきりの鉄の槍一本で、それすら初戦のゴールドマンで真っ二つに折れてしまった。
丸腰で戦えるわけもなく、仕方なくべギラマやイオラで攻撃を試みているが、あまりダメージを与えられない。
どうやら炎と爆発は相性が悪いらしい。
「せめてリグがメラゾーマくらい使えたら良かったんだけど・・・」
「それエルファもこないだ覚えたくらいだろ。あー魔力切れてきた」
「ライデイン唱えてそれならわかるけど、たかだかベギラマイオラでそれは修行不足だよ!」
「あら、リグまだライデイン使いこなせてないの? もう結構経たない?」
「いやあ、いろいろあってさ・・・」
「ただの怠慢だっての!」
戦力がほぼ一人欠けている中での戦闘はかなり骨が折れる。
せめてリグがスクルトやバイキルトを使えればまだ戦い方があるのだが、彼に任せられるのは回復のみなのでこちらの仕事が増えるばかりだ。
軍資金は幸い着々と貯まりつつあるが、このハードワークぶりだと剣を手に入れても2,3日は動けまい。
バースは火力にやたらとムラのあるライデインを唱えているリグを横目でちらりと見て、2,3日は特訓かもとぼやいた。
こんなに疲れ果てている奴に丹精込めて鍛え上げた究極の剣を渡して大丈夫かなと、不安に思う。
確かに言った通りのお金は持ってきたが、稼ぐことにすべての力を使い果たしてしまったかのような一行に売って剣は本当に満足するのかなと躊躇ってしまう。
剣は息子であり娘だ。
どこの馬の骨ともわからない、強いかどうかもわからない男に渡すには少し勇気がいる。
勇気を出して妻と共にジパングから逃れ、そして気付けばここにいてしまった過去もある。
いくら彼がジパング人にいていようと、かつての弟子と知り合いであったしても、やはり戸惑いは多い。
ましてやこいつは口が悪い。
礼儀を重んじるジパング人の彼は、リグの無愛想な態度もいまいち気に入らなかった。
「何だよ、ちゃんと持ってきただろ6万5千!」
「むう・・・」
「むうじゃねぇよ、ったくエルファの世間知らずにつけ込んで高い値段吹っかけやがって」
「もう、そんなこと言うからこの人も不安なんでしょ。すみません、リグこそ世間知らずで」
「いや、構わぬが・・・。・・・疲れ果てているとはいえその言い様、まだ余力があると見える」
「ああ? そりゃあるに決まってんだろ、だって剣なかった俺はこいついわくろくに戦ってないからな」
「おおもうリグお前は黙ってろ!」
フィルはよく、リグのような商談下手を恋人にできたと思う。
彼を伴っての買い物はさぞや大変だっただろう。
バースはリグの口を塞ぐと、約束は約束なんでと切り出した。
「これでも俺ら一応そこらの魔物倒してきたくらいなんで、腕は確かなんですよ。俺とエルファは剣はからきしだけど」
「そ、そうです! こう見えてリグやらなきゃいけないことはちゃんとやってるししっかりしてるし、本当はすごく真面目でいい子なんです!
この剣だって絶対に使いこなせます!」
リグのことは親の代からわかっているつもりだ。
親譲りの突拍子のなさで振り回されることは多々あるが、頼まれた金の冠奪還も頼まれてもいないカンダタ討伐も、
頼まれすぎてノイローゼになるのではないかと思われていたバラモス退治もきちんとやりきったとてもいい子だ。
人の厄介すぎる過去にも自分の生い立ちにも寛容だし、フィル以外のことでは概ね度量の広いところを見せてくれる勇者だ。
ただ、今のリグが魔力切れでちょっとご機嫌斜めなだけなのだ。
エルファは縋るような思いで店主を見つめた。
これで剣が買えなければ旅はできない。
店主はエルファを見下ろすと、ふうとため息を吐いた。
「・・・そなたの熱意、よくわかった。今回は特別に6万で譲ってやろう。残りの金で体をゆるりと休めるがよい」
「ほんとですか!? ありがとうございます、やったねリグ!」
「しかも今なら特別に好きな刻印を彫ってやろう」
「すごいすごい! 何にするリグ、あっ、お名前にする?」
「エルファ、俺そこまでガキじゃないんだよ」
ようやく受け取った剣を掲げ、じっくりと眺める。
不思議だ、初めて手にしたはずなのに違和感がまったくない。
すらりと伸びた美しい刀身に吸い込まれそうになり、うっかり触りそうになる。
これで魔物を斬ったらどんな感じなのだろうか。
リグは無性に試し切りがしたくなり、バースを顧みた。
「うん、わかったからそれは明日にしよう。今、しかも俺でやるのはやめようリグ」
「・・・だな」
「その剣には魔力が込められておる。遣う者の特性と呼応して剣を振れば、魔力も刃となり敵を襲うであろう」
「おっ、てことは俺だったらやっぱり雷かな!」
「「そうかなあ・・・」」
「あ?」
「特性ならリグは雷ではない気がするのだけど・・・、魔力については私はよくわからないわ」
特性が性格も意味するのであれば、いつも冷静で時々急に荒れてしまうリグは風ではないかと思う。
ライムは剣を手に首を傾げているリグを見やり、小さく口元を緩めた。