時と翼と英雄たち


精霊ルビスと愛し子たち    9







 主が去り、守る者もなくなったここはもはやただの廃墟だ。
多大な犠牲を払い闇の戒めから解放された精霊ルビスは、今はバースいわく傷ついた身を癒すため天界へ帰っているらしい。
精霊すら心身ともに傷ついた長く辛い戦いで、精霊よりも遥かに非力な人間が無事でいられるわけがない。
体力も魔力も限界に達していたリグたちが次にとるべき道はたったひとつ、心落ち着く場所への帰還だった。





「バース、リレミト・・・できないか」


「あるわけないだろ、んな魔力。ここ天井開いてるからルーラでも行けるぞ、リグ」


「偉大なる賢者様すら魔力なくなってる中でただの旅人が魔力余ってるとでも? バースはほんとアホ賢者だな」


「・・・褒めるか貶すかどっちかにしろよ・・・」






 短い期間の中で様々なことが起こった。
そのほとんどすべてが悲しいことだったが、悲しみの中から道は拓けた。
バースはエルファの肩に埋めていた顔を上げると、改めて周囲を見回した。
プローズが破壊の限りを尽くしたおかげで、かつての惨劇の象徴とも言えた血塗られた床はごっそりと抉れた。
壁も抜けてしまい、精霊とアレフガルドと賢者の歴史を模した繊細で美しいレリーフも消えてしまった。
塔を守っていた賢者の主も死んでしまった。
悲しいことばかりだが、それでも生きているものは前へと進まなければならない。
悲しみを生み出すに至ったすべての元凶を滅ぼさなければならない。
それが、残された者の使命だった。





「ここは長居できる場所じゃあない。いつ崩れるかわかんないし、とりあえず家に帰ろう」


「了解。ライム大丈夫か、ほら・・・、お!?」





 目覚めたばかりのライムを気遣ったリグが、ライムを誘導すべく瓦礫の上を歩き始める。
ごとり、がたっ。
リグの足元の床が砕ける音が響いたと同時に、リグの体が突然消える。
背が縮んだのではない。
足元の床が崩れ、リグが穴から落ちたのだ。
まずい俺今度こそ無理だああぁぁぁぁぁ!
どこまで落ちたのか暗闇へ吸い込まれたリグの声が途切れ、代わりにがしゃーんと小さく音が響き渡る。
突如として現れた床の穴を覗き込んだライムとエルファが顔を見合わせ、塔の所有者一族を見上げた。
「いや、俺もこの下がどうなってるとか知らないし? 塔は外周走ってきたから、ひょっとしたら中央は吹き抜けでここだけ床があるかもとは予想してるけど」


「・・・・・・つまりリグは、てっぺんから地上まで落ちたってこと・・・? それってリグ、すごく危ない状態じゃないかな・・・?」


「危ないに決まってるわ! ラーミアもいない、ルーラできる魔力も残ってないんだから!」


「だよなあ・・・。エルファとうちの回復特化の連中でリグの骨、繋げられるといいけど」


「きゃーーーリグ! 待っててねっ、今すぐ骨くっつけてあげるから!」

「ちょっ、エルファ!?」






 いてもたってもいられなくなったのかはたまた混乱しているのか、エルファがきゃあああと叫びながら穴に飛び込む。
根っこから癒し系の元僧侶を仲間あるいは恋人を持つと寿命が縮む。
リグの骨をくっつけるのは大いに結構だが、着地した時にエルファが複雑骨折をしているのではないかと思いぞっとする。
エルファだけを置いていけるか。
いや、リグと2人で一緒にランデブーなんて許せるものか、もうしちゃったけど。
バースは病み上がり同然のライムにごめんと声をかけると、ライムの背を押したと同時に自身も深淵へと身を投げた。






























 昔から地に足のついた考え方と生き方と歩き方しかしなかったリアリティ派勇者だったから、羽目を外すことはあまりなかった。
フィルとの喧嘩でも、何度も怒鳴りはしたが手を上げたことはなかった。
バースに対しては多少手荒く接してきたが、それは彼の実力を(たぶん)理解した上での行為だ。
酷くぶち切れたこともつい最近あったが、もっと酷いことをする奴がいたからそれはきっともう記憶にないはずだ。
着実に堅実な人生を歩んできたはずなのに、奈落の底に落とされた意味がわからない。
落ちて死にはしなかったが、がしゃーんとおそらくはしゃれこうべの山の中に突っ込んだのは死に包囲されたようでとてつもなく気持ち悪い。
神聖なるルビスの塔に転がる骸が誰のものなのか考えたくはない。
リグはあーと弱々しく声を上げると、未だにライムたちがいるであろう元いた場所を見上げた。
遠いはずの空がものすごい勢いで降ってくる。
遠のいた天空が迫る違和感に首を傾げていたリグは、がしゃーんと激しい音を立て自らの上に突っ込んできた空の主にわあと叫んだ。





「世界、やっぱ滅んだのか!?」


「う、うう・・・」


「エルファ!? 何しに来たんだ!?」






 落ちた時の衝撃と、降ってきたエルファの重みでただでさえ傷ついている体が悲鳴を上げる。
重い、苦しい、暑い。
リグは申し訳ないと思いながらもエルファを床へと転がした。
エルファのことももちろん心配だが、人の心配をする前にこちらの身が保たない。
リグはなけなしの体力を総動員して山の中から少しだけ体を出した。
ひゅううううう、どーん!
頭上に更なる衝撃が降ってきて、リグは再び山へと埋もれた。






「・・・死ぬかと思ったわ・・・」


「ほんとごめん、ライム・・・。実家帰ったら一番に看てもらうから・・・」

「一番はリグでいいわ。でもリグは・・・?」


「・・・おい」


「リグもだけどエルファもいないんだけど!? もしかして、もうバラバラになった・・・とか・・・ない、よな・・・?」


「だといいけど・・・」


「「・・・・・・」」




 『おい』と言ったのに聞こえていないらしい。
バースはともかくライムもああ見えて悪ノリするきらいがあるから、聞こえないふりをして上に乗っかっているのかもしれない。
おふざけで上に乗られていいほどこちらは丈夫ではないのだ、重い。
リグはもう一度おいと叫ぶと、渾身の力を込めしゃれこうべの中から頭突きをお見舞いした。





「ふざけるのも状況見てやれってわかんないのか!」


「あら、リグこんなとこにいたの? 元気そうで良かった」


「ほんとなんだかんだピンピンしてるよな、リグは。何やったら死ぬんだか・・・。ていうかエルファは? 先に落ちてきただろ!?」


「そこに転がした。とりあえずどけ、俺は今自分が何に埋もれてるかわかってないんだよ」





 エルファの姿を認めた途端に地面に見せかけて肩をジャンプ台にして瓦礫から飛び降りたバースに舌打ちし、ライムが下りるのを見守る。
ようやく全身を救出することに成功したリグは、改めて突っ込んだ山を見つめあれと呟いた。
確かに瓦礫としゃれこうべの山ではあるが、それらではないきらりと光るものを見つけ、感じた。
ここへ落ちてきたのも光に呼び寄せられたからではないかと思ってしまうほどに、それは力強くリグの心へと訴えかけていた。
あれは何だろう。
リグは再び瓦礫へ近づくと、意を決して手を突っ込んだ。
骨でも石でもない感触を確かめ、ずるずるとそれを引きずり出す。
やがて現れた光輝く鎧に、リグと見ていたライムは感嘆の声を上げた。





「すごく・・・、すごく綺麗な鎧ね・・・」


「うん・・。俺こいつに呼ばれた気がするんだよ、これのこと何も知らないのに。なあバース、これが何かわかるか?」





 エルファの様子を見ていたバースを振り返り、鎧について訊く。
バースは鎧へ近づき触れようとして、すぐに手を引いた。
リグの鎧だと、いい。
バースはリグに向かってそう告げると、しみじみと鎧を見つめた。





「語る者も誰もいない、神しか知らないと言われる太古の昔から存在する選ばれし武具ってのがある。
 ゾーマはそれを忌み嫌って例えばラダトームにあった盾を隠したり、剣を砕いたりしたけど鎧だけは奪えなかった。どこにあるのかわからなかったからな。
 でも、たぶんこれだと思う」


「骸骨と瓦礫の中に埋もれてた、これが?」


「瓦礫は今日のせいだよ。骸が誰のものかはわからない、いつからあるのかも俺は知らない。でもルビスは、ずっと俺らを守ってくれてたんだ。
 勇者しか身につけることのできないこれを、変わり果てた姿となった亡骸と共に」






 推測の上に推測を並べているので、バースの話がどこまで本当なのかもわからない。
けれども、これに引き寄せられたことは間違いない。
選ばれし武具は、俺を選んでくれるのかな。
そう鎧に問いかけ鎧の胸に刻まれた紋章に触れる。
拒絶されていない。
むしろ、温かく迎え入れてくれている気がする。
これは、俺の鎧だ。
リグの言葉に大きく頷いたバースは、エルファを抱え上げると家に帰ろうかと言って微笑んだ。









あとがき(とつっこみ)

ルビスの塔の思い出は意味のわからなかった回転床です。あと、光の鎧の落ちる場所。
ライムが死んでプローズがぶち切れてドラゴンが出てと賢者に乗っ取られたターンでした。
しばらくは休養に励まねばなりますまい。







backnext

長編小説に戻る