時と翼と英雄たち

海賊の館    3





 「ライムが2人・・・。」





 女海賊とライムを交互に見比べ、エルファはぽつりと呟いた。
その場にいる全員がそう思っていた。
美女が2人、しかもそっくりなのだ。
同じ服装をすれば、どっちが誰かなんてわからない。





「リグ・・・、私目が悪くなったのかしら。
 目の前に同じ顔の人が。」


「いや、俺もライムとその人は同じ顔に見える。」





 ライムは女性から目が離せなかった。
向こうもじっとこちらを見つめているのだ。
相手の口が開いた。




「あんた・・・、ライムっていうのかい?」


「そうだけど・・・。」


「あたしはアイシャ、こいつらを束ねてる海賊団の頭領さ。
 無断侵入はいただけないね。」





 アイシャの言葉を襲撃の合図と受け取ったのか、海賊たちがおのおの武器を構えだす。
大勢に囲まれながらも臨戦態勢に移るリグたち。
人間相手に呪文ぶっ放すのは嫌なんだけどな、とバースは苦笑して言った。
彼の言葉を聞き、アイシャもふっと頬を緩めた。
右手をすっと上げ、静かにしな、と部下に命令する。




「あたしも人間と戦うのはそう好きでなくてね。
 こんな奇妙な出会いも何かの縁さ。
 歓迎するよ、旅の方。」




にこやかに笑い、ライムに手を差し出す。
ありがとうと答え、ライムはその手を握り返した。



























 客人を囲んで繰り広げられた宴は、それはもう賑やかだった。
ある者は海上で出くわした巨大な魔物といかにして戦ったかを、誇らしげに話して聞かせる。
またある者は、船酔いにならない方法を詳しく教えてくれる。
舵取りの仕方を教えてくれた親切な人もいた。
そうして、いくつものくだらなかったり面白かったりする話の中で、リグとバースとエルファは1つの興味深い話を知った。
幽霊船の話だったが、それは本当に存在するらしい。
古来海上の難所と呼ばれる海で沈没したその船は、今も夜な夜な波間を漂っているというのだ。
幽霊と聞き、リグは極端に嫌な顔をした。
常人にも見えるほどこの世への思いが強い幽霊なんて、怨霊への道まっしぐらじゃないか。
そういう、いわくありげな幽霊には近づかない方がいい。
触らぬ幽霊に祟りなし、だ。






「俺、その話の対になってるやつ、聞いたことあるぞ。」


「バースも信じるのか、幽霊船。」


「まぁ聞けって。昔とても愛し合う1組の男女がいたんだけど、それは身分違いの恋だったんだ。
 名家の娘と駆け落ちした男は、捕まって奴隷船送り。
 で、残った娘さんはずっと男を待ってるんだそうだ。
 だいぶん昔の、もう伝説レベルの話らしいけど。」



「バースは、その奴隷船が幽霊船じゃないかって思ったの?」





 その推理を聞き、リグは尚更幽霊船に係わる気が失せた。
そんな昔っからいる幽霊なんて、危ないに決まっているのだ。
というか、そんな恋愛譚を男の口から聞くもの嫌だった。
どうせなら、ライムとかエルファから聞きたかった。





「そういえば、ライムは?」


「さぁ? あ、でもアイシャさんもいないね。」





 ぐるりを辺りを見回す。
そこらじゅう男だらけでむさ苦しい。
掃き溜めに鶴というか、本当にアイシャは紅一点なのだろう。
よくもこんな大所帯を切り盛りできるものだ。




「しっかしこんだけ男だらけだと、気も滅入るな。
 エルファが傍にいて良かったよ。」


「それはどうも。・・・ねぇ、ライムとアイシャさん見て、すっごくびっくりしたよね。」





 エルファは声を潜めて2人に尋ねた。
かつてない経験に、大いに戸惑ったものである。
しかし、本人たちの驚きはそれ以上だろう。




「ありゃ似てるの領域じゃない、鏡だろう。
 ・・・妙なのじゃなきゃいいけど。」




 ぼそりと呟いたバースの言葉に、リグは黙り込んだ。
彼の言う『妙なの』が何かは具体的にはわからない。
けれど、あまりいいものではないはずだ。
黙っていると、周囲の声がよく聞こえるようになった。
その中にふと、ライムというフレーズが出てきた。
リグはバースとエルファに目配せすると、さりげなくその男の近くに向かった。
リグたちに気付くこともなく、まだ若い海賊は仲間たちに話し始めた。





「今日来た旅の人たちの中のライムさん。
 どう見てもお頭にしか見えなかったんだ。」


「あそこにいた連中は、みんなそう思ってるさ。」


「そうじゃなくて。俺の親父もこの一味だったんだけどさ・・・。
 お頭には、生き別れの双子の妹がいるって聞いたんだ。」




 3人は顔を見合わせた。
生き別れの双子の妹。
ライムはレーベ育ちだが、赤子の時に海から流されてきた。
まさか、と思った。
しかし、そう考えても不思議ではないくらい、2人は似ているのだ。




「でも名前がライムじゃなかった気がするんだよな・・・。
   やっぱ、他人の空似かな。」





 再びどうでもいい話を始めた彼らを残し、リグたちは外へと出た。
名前は関係なかった。
レーベの両親が名付けたのなら、違って当然だ。





「・・・ライムには言えないよ、こんなこと。」


「リグ・・・。」

「だってそうだろ。自分で気付くか知らなくちゃ。
 俺らが話しちゃいけないんだよ。たとえそれが真実でも。」






 同じ頃、ライムはアイシャと2人っきりで向かい合っていた。





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