海賊の館 2
リグたちが新たなる大陸に着岸した時、太陽はすでに高く昇っていた。
船内で早めの昼食を済ませ、大地に降り立つ。
現れる魔物はそれほど強くないのだが、ここは木々が広がっていた。
視界もはっきりせず、なかなか奥地へと進めない。
それでもようやく森を抜けた頃には、辺りはオレンジ色に染まっていた。
「これでこの先何もなかったら、とんだ無駄足だな。」
「そんなことはないみたいよ? ほらあそこ、家がある。」
ライムが指差した先には、確かに家らしきものが建っている。
あの広さからして、家というよりも屋敷と呼ぶ方がしっくりする。
「無駄足は免れたけど・・・、やけに薄暗いな。
人は住んでんのか?」
バースが疑問に思うほど、その屋敷はひっそりと静まり返っていた。
とりあえず近づいてみる。
よくよく見ると、庭もきちんと手入れはされている。
どうやら、魔物の巣窟ではなかったようだ。
「今日、ここで寝泊まりさせてくれるかな。」
「こんだけ広けりゃ大丈夫じゃね?
もしも駄目だったら、リグが船ごとルーラしてくれるってさ。」
「バース、お前いい性格してるな・・・。」
人っ子1人いない屋内を見て回る。
地下から、うっすらと明かりが見えた。
ここで明かりを見たのは、地下だけである。
用心深く階段を降りると、そこはさして広くはない貯蔵庫と牢があった。
「誰か、そこにいるのか?」
牢に向かって声をかけると、助けてくれと哀願する男の声が返ってきた。
男はリグを見ると、がばっと牢の柵にしがみついた。
「た、頼む、助けてくれ!」
「あんた、誰。」
見境無く縋りつこうとする男に、リグは警戒心を剥き出しにして尋ねた。
見ず知らずに人物にいきなり優しくするほど、リグは他人が好きでない。
そもそも、この屋敷のことすら何も知らないのだ。
優しくする方が無理に近い。
「わ、私はここの屋敷の主である海賊たちに捕らわれたのだ!」
「へぇ、ここ海賊の棲家なのか。わりと物騒だったりするわけ?」
「そ、そりゃあ当たり前だ! 毎夜毎夜私に武器を突きつけ・・・。」
男の言葉の途中で、リグはふいと背を向けた。
その顔はつまらなそうだ。
男へあったほんのわずかな興味も、消え失せてしまっている。
「バース、そいつの話はどうでもいい。どうせ嘘だし。」
図星だったのか、男の顔が青くなり、そして真っ赤になった。
なにやら半狂乱で喚いている。
海賊の手先めとかほざいているが、これは聞き捨てならない。
ものには言っていい言葉と、そうでない言葉があるのだ。
「口から出任せもほどほどにしないと、いつか身を滅ぼ」
「貴様の説教など聞くか!
装いを変えようとごまかせんぞ! この女海賊めが!」
「え、私?」
いきなり指差され、きょとんとするライム。
何が何だかさっぱりわからない。
「ライムを海賊呼ばわりするな。」
「この女以外に誰が海賊というんだ!
名を偽ってまで私を騙すか!」
人でなし、鬼畜、極悪人と罵りまくる男の声は、エルファの大声でかき消された。
1階で様子を見ていた彼女だったが、入り口付近が急に騒がしくなり、慌てて報せに来たのだ。
本物の海賊のお出ましか、とバースは言って苦笑した。
厄介なことになりそうだ。
相手は賊と名のつく人種だし。
手荒な歓迎だってありうる。
「どうしようバース、結構人がいるみたいだったよ。」
「や、どうもこうも・・・。ここ、袋小路だし?」
バースは無造作に左手を牢の男に向かって突き出した。
侵入者がここにいますよと、海賊たちに教えてくれちゃってるであろう喚き声を塞ぐためだ。
横に倒れ寝息を立て始めた男を視界の隅で確認すると、リグに向き直った。
「ここで戦うのは圧倒的に不利だぜ。」
「お前は最悪の状況をどう切り抜けるか、考えてんだろ。」
「まぁ、どうしてもって時はイオナズン唱えて、どさくさ紛れにリグのルーラ発動?」
複数の足音が階段を下りてくる。
地下室に姿を現した男3人は、真っ先に階段近くのライムに目をやった。
すかさず剣に手をかけるライム。
しかし、男たちは彼女を見て、相好を崩した。
「お頭、俺らよりも先に現場に行ってたんすね。」
「・・・は?」
「さすがお頭だ、行動がお早い。」
「で、このガキ3人は何者で?」
次々にお頭呼ばわりされ、ライムの頭は混乱した。
リグたちも、訳がわからずに顔を見合わせている。
なんというか、きっかけがないと次の行動に出にくい雰囲気だ。
「なんだい、さっきからお頭お頭とあたしを呼んで。」
「「「お、お頭!!」」」
男たちが同時に階段を見上げた。
女海賊がやって来たのだろう。
今度こそ油断ならない。
リグたちは気を取り直して、臨戦態勢に入った。
「お、お頭、地下室にいたんではないのですかい?」
「剣を佩きなすっていたでしょう?」
「剣? あたしはこの屋敷ではそんな物騒なもん持たないよ。
身につけるのは、親父譲りの海神の短剣さ!」
颯爽と現れた女海賊を見て、リグたちは固まった。
それはまた、彼女にしても同じだった。
緩いウェーブのかかった長い艶やかな赤い髪に、勝気そうな紫色の瞳。
白い頬によく映える紅の唇は形良く整い、美女の名をほしいままにしている均整の取れた容姿。
ライムは、鏡で自分を見ているような錯覚に襲われた。
服装こそ違うが、目の前で自分を凝視している女性は、そっくりさんだった。
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