海賊の館 1
心地良い風を受け、ポルトガ製座礁1号が海上を滑るように走る。
舵を取っているのは、相変わらずライムだ。
しかし彼女の隣にはバースもいた。
熱心にライムの手つきを見つめている。
「やっぱ理論上の動きじゃ駄目なのか。」
「さぁ・・・? でも案外簡単よ。
バースならすぐできると思うし。」
「いや、波の強弱とか風向きとか、俺どうも苦手みたいでさ。
できたとしても、ライムには到底及ばないって。」
船旅が多くなった旅だ。
いつまでもライムひとりに船の舵を任せているわけにもいかない。
万一ライムが寝込んだりしたら、たちまちリグたちは動けなくなるのだ。
それだけはどうしても避けたい。
そこでここ数週間、バースは舵の取り方を教えてもらうことにした。
非力なエルファには少しきつそうだし、リグに任せると戦闘が疎かになる。
自分がやるのが最適だと思ったからである。
「小船ぐらいなら俺にもできるけど、さすがにこのでかさじゃな・・・。」
「だから大丈夫だって。
扱い方はわかってるんだから、後は感覚を掴むだけ。
あ、なんならやってみる?」
躊躇いもなく明け渡された席を前に、バースはごくりと生唾を飲み込んだ。
初めてこれを動かした時に得た衝撃は、今でも忘れがたく残っている。
バースは挫けそうになる自分の心に喝を入れた。
ここは大海原の(たぶん)ど真ん中だ。
浅瀬だってない。
だから、座礁の憂き目に遭うこともないんだ。
緊張の一瞬だった。
そっと舵を動かす。
「ライムライム、今エルファと次の行き先話してたんだけどさ・・・、うおぅっ!?」
地図片手に飛び込んできたリグの声が、大きく上ずった。
ついで、どたっと何か(リグ)が床に倒れる音がする。
「ちょっとまだ加減がわかんないかしら。」
「・・・ちょっとじゃないな、これは。
ごめんリグ。」
「何でも卒なくこなしそうなのに、これはなかなかねぇ・・・。」
苦笑しつつ、ライムは軌道修正を手早く済ませる。
むくりと起き上がったリグは、バースを見てあぁそうか、と納得した。
さっきのはバースがやったのか。
通りで床が上下左右に揺れたわけだ。
きちんと舵を取れるようになるって意気込んでいたが、実力がまだついていないようだ。
あれで運動神経抜群の彼だ、気長に待てばなんとかなるだろう。
「もうちょっと修行がいるな、バース。」
「やっぱ難しいな。で、なんか用か?」
あぁそうだった、とリグは地図を広げた。
何も書き込まれていない真っ白な大陸を指差す。
「ここら、俺たちまだ歩いてさえないんだ。
ちょうど今の航路の延長線上にあるみたいだし、寄らないかなと思って。」
「まぁ、駄目元で行くってのもあるわね。」
「中央部は山脈に囲まれてるから、今俺らが行けるのは沿岸部ぐらいか。」
「せっかくだから行こうぜ。
エルファも行ってみる価値はあるかもって乗り気だし。」
エルファ、と聞いてバースははたと気がついた。
そういえば、彼女はどこにいるのだろう。
先程の揺れは平気だったろうか。
いてもたってもいられなくなって、部屋を飛び出す。
バースの背を見送り、リグは呆れたように言った。
「エルファのことになったら、ほんとに周り見えなくなるな。」
「リグだって人のこと言えないわよ。」
「・・・まぁな。
でもあいつら、たぶん心中複雑だよなー。
特にバースとか、ありゃ絶対」
「リグ。」
続きを言いかけたリグを、ライムが止めた。
たとえわかっていても、気付いていても、言うべきではないのだ。
互いが思い出すまで、見守るしかないのだ。
2人は前を見つめた。
うっすらと、大陸が見えてきていた。
back・
next
長編小説に戻る