囚われの人々 6
2人の手から放たれた火球にも氷柱にもなっていないそのままの魔力が、派手な音を立ててぶつかる。
相手の魔力に押されてかずずずと後退したバースだったが、間髪いれずもう片方の手でマヒャドを発動させた。
「やめてバース!!」
想像を絶する魔法合戦を始めたバースにライムは制止を求めた。
このままでは魔力の使いすぎで壊れてしまう。
魔力を持たないライムですら、今のバースの暴走には気付いていた。
そして、ばちばちとわずかに飛んでくる力が、大いに殺気を孕んでいることにも。
「あの男・・・、私を倒しエルファを攫った男だ・・・」
「そうだとしても! 彼だって人間でしょ、魔物じゃないんだから殺しちゃ!」
「違うよライム。・・・あれは人の面を被った悪魔、魔物だよ」
さらりと言ってのけるバースに、ライムは眉を潜めた。
なぜ彼はこんなにもあの男を憎むのだろう。
エルファを攫っただけではなく、もっと昔から何らかの因縁があるように見えた。
ではどんな因縁があるというのだろう。
ライムは次々に火球をぶつけてくる男を見つめた。
それなりの距離があるし、相手はすっぽりと頭から黒いフードを被っているから顔はよくわからない。
それでもめげずにライムは男を見ていた。
ひらりと、ライムの目が見覚えのある色を捉えた。
「・・・・・・まさか・・・・・・・」
「ライム、どこに行くんだ!!」
その色を目にした瞬間、嫌な予感がした。
リグのように第六感や直感に優れているわけではないから断言はしにくいが、妙な胸騒ぎがした。
もしも予感が的中しているのならば、この不毛な争いは何としてでも止めなければならない。
いや、当事者たちに止める意思がないのならば、無理にでも止めてみせる。
ライムは水鏡の盾のみを抱えると、一気に対岸に向けて走り出した。
後方からハイドルの慌てた声が聞こえる。
彼やリグには悪いが、今は時間が惜しかった。
誰かに予想を話している暇すらなかった。
「ライム!!」
「どうしたんだライム・・・。ハイドル、何か言ってたか?」
「いいや。いきなり走り始めたのだ・・・。剣すら置いて、いったい何を・・・・・・」
理由が何であれ、放ってはおけない。
リグは早々にバースから預かっていたエルファをハイドルに任せると、ライムの後を追い走り出した。
いつも慎重で単独行動を良しとしないライムだからこそ、今回の行動が気になった。
もしかして彼女は、人に話して聞かせる時間すらも惜しくなるような事実に気付いたのではないだろうか。
自他共に認める奇妙な特技を持つ自分に何かと世話を焼き、大人ですら困らせるフィルをたしなめ躾けてきた深い思いやりを持つ彼女だ。
リグは躊躇うことなく一直線に男の元へと向かうライムの背中を追った。
プローズは、自らに接近しようとしている存在に気付いていた。
何の打算があって接近を試みたのかその真意はわからないが、褒められた行為ではなかった。
無謀にも程があると言いたかった。
「はるばる敵の元へ何の御用ですか・・・!?」
「・・・生憎、私は敵として会いに来たんじゃないの。確かめたいこと、訊きたいことがあって」
ライムは降りかかる火の粉を盾で防ぐと、ひらりとプローズの隣に飛び移った。
やっぱりと、ライムの形良い唇が小さく言葉を紡ぎだす。
プローズは硬直していた。
似ていた。顔や声、姿ではない。
あえて言うのならば彼女から出るオーラのようなものが似ていた。
「・・・・・・ん?」
「ねぇ、どうしてバースと戦うの? やめて、あなたたちこんなに「ライム、そいつから離れろ!」
バースの叫びを聞き振り返ったライムは、迫り来る冷気に身構えた。
逃げようと思えば逃げられる。それをしないのは、2人がこれ以上戦ってほしくないから。
あんな氷柱をまともに受ければただでは済まないだろう。
そうわかっていても、今のライムに逃げるという選択肢は浮かばなかった。
「ライム、どけって!!」
「・・・ここは僕に任せて」
身構えたライムの横に、しなやかな腕が伸びた。
そればかりか、もう片方の手は庇うようにライムをそっと抱き寄せた。
ライムは信じられなかった。
エルファを連れ去りハイドルを傷つけ、死者の魂を弄びバースを殺そうとしている男が、自分を守るなんて。
彼がやったことは許されないし、許そうとも思えない。
しかしライムは確信した。
この青年には、何かそうしなければならない理由があるのだと。
個人的な恨みからではない、もっと大きな何かを抱えているということを。
「・・・バース、狙うなら僕を狙いなよ。やっぱり腕が鈍ったんじゃない?」
「・・・ライム! 頼むからそいつから離れてくれ! リグ、ライムを迎えに行け!」
「それはさせないよ」
プローズの手が淡く光った。
やめてと言うライムの制止も聞かない。
ライムは祈りを込めてバースの方を見やった。
はっきりとは見えないが、バースの周囲は確実に魔力で満ちていた。
次のぶつかり合いが最高の威力を発揮する。
ハイドルやリグやエルファどころか、結界までも吹き飛ばしてしまいそうな危険を、ライムは見ていられなかった。
プローズの手から光が放たれる直前、身をよじって腕から逃れる。
待ってと小さく呼ばれたような気がしたが、その言葉を聞くつもりは寸分もなかった。
なんとかして止めなくては。
でもどうやって止めるというの、私には魔力がないのに。
考えるよりも早く体が動いていた。
バースとプローズの手から放たれた力が丁度ぶつかる地点でライムは立ち竦んだ。
ライムと絶叫するハイドルとバースの声が聞こえる。
ライムはちらりと青年を見た。
呆然とこちらを見つめてくる彼と、目が合った気がした。
あぁ、やっぱりあなたたちは。
ライムの身体を2本の光が貫く直前、リグがライムの前に立ちはだかった。