時と翼と英雄たち


ラダトーム    4







 誰のものかもわからない甲高い悲鳴に反応し、大魔神の攻撃から娘を救い出す。
腕の中であうあうと言葉にならない無意味な声を発し続けている娘を地面に下ろすと、逃げろと言い放つ。
一向に消え去らない目の前のお荷物に、リグはやむなくエルファに救援を求めた。





「リグ、さっき叫んだのは私じゃないよ」


「知ってる。こいつなんとかしてくれ」


「この人・・・?」






 リグの指差した先を見たエルファは、地面にうずくまり頭を押さえている娘を見つけわあと声を上げた。
武装していない一般人が外にいる。
アリアハン周辺ならまだしも、強敵しか出ないラダトーム近辺で夜のお散歩を敢行している無鉄砲な人間が目の前にいる。
私だって1人じゃ戦えないのに、ほんとはこの人すごく強かったりするんじゃないかな。
エルファはひとまず娘を抱き起こすと、戦いの場から離脱させた。





「あ・・・、あ・・・っ」


「落ち着いて下さい。ゆっくり深呼吸して・・・そう、大丈夫ですか?」


「・・・はい。・・・あの、あなたたちは・・・」


「えっ、えっと・・・・・・、何て答えればいいのかなバース!」


「バース・・・? バースとはもしや、あの・・・?」


「通りすがりの旅人ですとでも言っといてっていうか・・・・・・、おいエルファ、その人・・・」


「バース殿、戻っていたのですか? おかえりなさいませ、ルビスの愛し子賢者バース。父もさぞやお喜びになりましょう」


「バース? 知ってるのこの人?」






 知ってるも何もと呟くと、バースは動揺した気を紛らわせるためにメラゾーマを大魔神の腹にぶち込んだ。
リグたちは表舞台に出て構わないしむしろ出るべきだが、こちらは裏方に徹するつもりだった。
自分が表に出れば何かと派手になるし周囲も賑やかになるので、ラダトームへの登城もレムオルで姿を消していこうと思っていた。
そうだというのに、なぜラダトーム王女がここにいるのだ。
王女が父王に話してしまえば、こちらの計画がすべて水の泡となってしまうではないか。
バースはエルファに介抱されている美女を用心深く眺めた。






「あいつお前の知り合い? 金持ちにしか見えない格好してるけど」


「ラダトーム国王の娘、王女だよ。どうしてこんなとこにいるんだか」


「へえ王女。下々の者まで気にかけてくれる考えなしだけど記憶力はいい王女じゃん。ここは恩売っといて早く夕飯と寝床交渉しようぜ」


「俺は別に下々の者じゃないし、俺らの存在はこの世界の人ならみんな知ってる」


「あら、バースって有名人だったの?」


「人気かどうかは置いといても超有名人。下手すりゃ国王よりも有名」






 エルファの介抱で落ち着きを取り戻した王女がゆったりと立ち上がる。
所作も洗練されたもので柔かく、どこぞのアリアハン王国の王女よりもよほど王女らしく見える。
おまけにとびきり綺麗だ。
リグは歴代王女の中では群を抜いて美しい王女を見つめ、ますますもって王女がここにいる理由に悩んだ。
リグに見つめられていた王女はほんのりと頬を赤らめると、おずおずと口を開いた。





「先程は助けていただいてありがとうございました。私はローラと申します」


「ローラさん王女様だろ? 王女の散歩コースは随分と広いんだな」


「いかにも、私はラダトーム国王の娘です。・・・その・・・、私も来たくて外へ出たわけではないのです」


「どういうこと? 誰かに連れて来られたということかしら」


「いいえ・・・。何と言えばいいのでしょう・・・」


「王女は夢見の力を持ってんだよ。ベッドに鎖で縛りつけとけばいいのに」


「夢見の力って、夢で見たことが現実に起こる予知能力の一種のこと?」


「そう。俺らと違って見たい時に見れるわけじゃないし、選べるわけでもない。何の意味もない未来を見たりもして面倒だけど、まだ治ってなかったのか」






 バースの問いかけにこくりと頷くと、ローラはしゅんと顔を伏せた。
叱られたわけでもないのに落ち込んでいるローラが放っておけず、リグは思わず大丈夫かと声をかけた。
お優しい方なんですねと生まれて初めて賞賛され、リグは自身の頬が緩むのを感じた。
美人に褒められて悪い気分になる男はいない。
つんけんとした口調で仕方なく褒められるよりも、素直に褒められる方が嬉しいに決まっている。
満更でもない表情を浮かべているリグの横腹を、ライムがちょんとつついた。





「リグ、フィルはどうしたの?」


「フィルが一番だよ、フィルは別枠だからな」


「じゃあいいけど、来て早々他の子に見惚れてるって知ったらフィル怒るわよ」


「ばれないから平気。ライムたちも言うなよ、俺の未来が懸かってんだから」


「ふふ・・・、あなたはとても強く優しく、そして楽しい方なのですね。よろしければ城へいらっしゃいませんか? 大層なおもてなしはできませんが、お礼がしたいです」


「飯と宿と情報があると助かるんだけど」






 リグの申し出にローラはわかりましたと答え、にっこりと微笑んだ。







backnext

長編小説に戻る