ラダトーム 5
ラダトーム城下町に入ってまず初めに思ったのは、道行く若者や子供たちといった若年層の肌が驚くほどに白いことだった。
皆、病的なまでに色白で骨格もほっそりとしている。
同じアレフガルド出身のバースも色素は頭のてっぺんからつま先まで薄めだが、彼以上に白く細かった。
「ラダトーム国民は総ダイエット中か?」
「太陽は俺らに光だけでない恵みを与えてくれる。植物と同じように、俺らも光を浴びないと強くなれない」
「私は生まれてこの方、太陽というものを見たことはありません。とても暖かな光とばあやは教えてくれましたが、リグ様はどう思われますか?」
「リグ様? おいおい王女、こんな薄汚れた旅人風情に様付けはないだろ」
「リグ様は私の命の恩人、とても素晴らしい方です」
リグ様ほど素敵な男性とお会いしたことはございませんとぽっと頬を赤らめ呟くローラを見つめ、バースとエルファは顔を見合わせた。
これは何か嫌な予感がする。
もしかしなくてもこの王女、リグに一目惚れしてしまったのではなかろうか。
よくわかってるじゃんさすが王女と暢気に自らの高評価に気を良くしているリグを見ていたライムが、額に手を押さえため息をついた。
アレフガルド唯一の王国の頂点に立つ最高権力者とも顔見知りのバースはいったい何者なのだろう。
2人の間に漂う空気は少しばかりぴりぴりとしているが、バースはどうやら本当に有名人らしい。
今度こそ、ようやく帰られたのかバース殿と呼ばれたバースは、ちらりと顔を上げると極めて真剣な表情で頷いた。
王とバースの関係はわからないが、王は皮肉を言っているような気がしてならない。
一国の王に対してどんな不敬を働いたのだろうか、この男は。
歳だけは意外に食っているので少しは常識を弁えていると思っていたのだが、どうやらそれはただの思い込みだったらしい。
さすがはアホだの馬鹿だのと呼ばれる賢者だ、様々な意味でこちらの期待を裏切らない。
「今回は本気です、今を逃せばもう次はないとすら考えているくらいに」
「ほう・・・。それほどまでの強者を連れて来たということか」
「いかにも。ほらリグ、自己紹介」
「は!? ・・・あー・・・、アリアハンの勇者オルテガが遺児リグです。魔物との戦いで命を落とした父の遺志を継ぎ、バラモスを倒してきました」
「オルテガ・・・? リグ様はオルテガ様のご子息なのですか? オルテガ様にはやはり家族がいらしたのですか?」
「なんでローラさんが父さんのこと知ってんだ・・・?」
「オルテガは数年前、酷い火傷を負って城の外に倒れておった。記憶を失くしたらしく自分の名前以外思い出すことはなかったが」
「・・・オルテガさんは生きているということですか? 記憶を失くしていても、大怪我を負っていても生きていると・・・?」
驚きで言葉が出ないリグに代わり、ライムがラルス王やローラに問いかける。
さも当然のように頷く2人の姿に、リグが嘘だろとぼそりと呟く。
バラモス配下の幹部と戦いギアガの大穴で散ったと聞かされ、父の遺志を継ぐべく鍛錬に励んできた。
死んだと思っていたから、実のところそれほど嫌いでもなんでもなかったスライムたちを憎むようにした。
父の死が、皮肉にもリグの人生の道筋をつけてくれたの。
父が生きている。
死んだとばかり思っていた父が、何もかも忘れてしまっているらしいが生きてアレフガルドにいる。
嬉しい、会いたい、共に戦いたい、しかし怖い。
リグの胸中で様々な感情が渦巻く。
リグはもう一度嘘だろと呟いた。
独り言のような吐息のような呟きに、バースがちらりとリグを顧みた。
「嘘じゃないみたいだ、嘘つく理由もないしな」
「お前も知ってたのか・・・?」
「いいや、俺もびっくりしてる。オルテガさんのことだ、記憶失くしてもたぶんゾーマ倒しに行ってる」
「そうだと思う。私も何も覚えてなかったけど、旅をして魔物と戦うことに抵抗なかったもん。捜そうリグ、私たちもアレフガルド捜してオルテガ様と一緒に戦おう?」
「・・・会ったらたぶん、俺は」
あなたの息子ですと言って、違うと拒絶されたら。
お前のような息子はいないと否定されたら。
実はもう、父はアレフガルドの地で死んでいたら。
ラルス王やローラの言葉はリグの耳に入ってくることはない。
ゾーマを倒すためだけにアレフガルドに来たつもりが、とんでもない新事実に出くわしてしまった。
すっかり変わってしまったリグの顔色を目にしたローラが、不安げに眉を潜めた。