ラダトーム 6
アレフガルドへ来て早々告げられた衝撃の事実に戸惑い、整理しきれていない頭を休ませるために用意された部屋のソファーに腰を下ろす。
オルテガ様が使われていたお部屋ですとメイドに案内されれば、うっすらと記憶に残っている父らしき男の姿が脳裏に浮かぶ。
人生の記憶の中に父の姿はほとんどない。
勇者として外で魔物と戦ってばかりだったから、尚更父のことがよくわからないのかもしれない。
テドンではやたらと若い、まだ父になる前の青年オルテガとは出会った。
しかしあの時の彼はまだ父ではなく、愛する女性しか見えていないただの青年だった。
父親としてのオルテガの思い出は驚くほどに少ない。
父に抱かれた空は近かったという、抱かれた時のぼんやりとした感想しかない。
それでも彼は、世界中の、アレフガルドの人々からも称えられた勇者オルテガは父親なのだ。
オルテガの息子は1人だけで、それは時に重荷ではあったが誇りだった。
リグは両手で頭を抱えると、深くため息をついた。
「思ったよりもダメージでかそうだな、リグ」
「当たり前よ、死んだはずのオルテガさんが生きてたんだから。大事な家族なのよ」
「家族ねえ・・・。煩わしいもんじゃないのか、家族なんて」
「バース」
「・・・ごめん。・・・ま、とりあえずめでたくアレフガルドに来れたことだしひとまずこの世界の説明でもしとくか」
バースはリグの向かいに座ると、机の上に片手をかざした。
何も置かれていなかった机の上に、ぼんやりと地図が浮かび上がる。
ここがラダトームとバースが口を開くと、言葉に合わせたように地図の一点が淡い光を発した。
「俺らが目指すゾーマの城はここ。近いだろ?」
「船で乗り込めないの?」
「後でラダトームの塔から見たらわかるだろうけど、あの島には接岸できる場所がないんだ。だからあそこにはぐるっと遠回りして色々やらなきゃいけない」
「こんなに近いのに悔しいね・・・。・・・ネクロゴンドとギアガの大穴みたい・・・」
「状況はネクロゴンドと似てる。これも後で見たらわかるけど、ラダトームの宝物庫は空っぽになってるんだ。ゾーマが全部奪って隠したから」
「壊されたわけじゃないのか?」
「リグ?」
「壊されたんじゃなくて隠しただけなんだろ? だったら探せばいい、俺ら探し物は得意だし」
俯いたままだったリグが不意に顔を上げ、きっぱりとした口調で言い切る。
もう平気なのと気遣わしげに尋ねるエルファに平気と返すと、リグは地図を見下ろし指で大陸をなぞった。
ゾーマの城と1つの大陸を除き、すべて陸続きになっているように見える。
船はあるのでどこにでも行けるが、いきなり強敵に出くわすのは危険なので慎重に進んだ方がいいのだろう。
本当は一刻も早く父に会いたい。
しかし、そう簡単にやられるほど父は弱くないとリグは信じていた。
単身戦い続け、記憶を失った今も戦い続ける百戦錬磨の父に比べると自分たちはまだまだひよっこだ。
急ぎながらもじっくりと経験を積み、アレフガルドに慣れることが結果的には一番の近道になる。
すっかり立ち直ったリグを見つめたバースはふっと笑うと、海を隔てた先にある大陸を指差した。
「まずはここ、マイラって村に行こう。俺んちも近いし、ちょっと本気で取りに帰りたいものもあるからな」
「航路はわかるの?」
「西の海を抜けて大陸沿いに南を回っていくと着くし、この地図持っていけばなんとかなる」
「地図って、これはバースの呪文でしょ?」
「ここはゾーマの本拠地だけど、俺のフィールドでもある。無から有を生み出す・・・ってのにも限度はあるけど、地図の生成くらいならいくらでも」
「やっと少しは使えるようになったのか。遅い」
「仕方ないだろ、一度喪った魔力は取り戻すのに時間がかかるんだよ。まあ、これも余裕ある今だからまだできるんだけど」
余裕なくなったらあっという間にガタガタ崩れて見苦しくなるから覚悟してくれよ。
爽やかすぎる笑みを浮かべ宣言するバースの頭を、リグが容赦なく叩いた。