ラダトーム 7
常闇の中での戦闘は、視覚ではなくより感覚を研ぎ澄まして戦うことを強いられる。
自らの視力のみに頼っていては、力がもっとも発揮される夜の闇に乗じて襲い来る魔物に素早く対応できることはできない。
地上でも感覚を研ぎ澄まして戦ってきたが、アレフガルドではそれ以上に神経を尖らせなければならない。
リグは数歩後ろに降り立ったテンタクルスを、完全に振り返る前に斬り伏せた。
「目隠しして戦ってるみたいだ」
「慣れればなんてことないけど、初めのうちは難しいかやっぱり」
「けど、対応が素早くなった気はする」
頭よりも先に体が動けば、いつもよりも少しだけ初動が速くなる。
今までは先手を取られることが多かったが、こちらへ来てからは先制攻撃を仕掛ける機会が格段に増えた。
おかげで無用な傷を負うことも減り、エルファも援護ばかりではなく攻撃に参加できるようになった。
すぐに草薙の剣を遣いたがる癖はまだ抜けていないので、いっそ取り上げてしまおうかという話し合いが夜な夜な、つまり常に持たれていることをエルファは知らない。
「バース、あとどのくらいかしら」
「そろそろだけど、水深がどの程度から浅くなるのかとか俺知らないからなあ」
「どうしてそんな無責任なこと言うの。座礁しても、この国には船大工の知り合いなんていないんでしょ?」
「だって俺山の子だし、海で遊んだこととかないから」
「ここぞという時にほんと使えないなお前。俺なんかアリアハンのことなら何だって知ってるのに」
地元をまったく知らないバースをいつものように扱き下ろし、ライムの操舵術に任せ船を陸地へ近付ける。
水面を船が音もなく滑り、ぴたりと接岸することに成功する。
ライムは小さく息を吐くと、操舵室から姿を現した。
よほど緊張したのか、表情には少し翳りが見える。
「毎度毎度、こうやって気を遣ってたらこっちの身が保たないわ・・・」
「戦闘にも出てるし、ライムの負担大きいよ」
「これもきっと慣れなんでしょうけど・・・」
「ねえリグ、戦場での戦いはライム休んでもらった方がいいと思う」
「そう・・・だな、ライムに何かあったら困るし、バースがライムの分もやればいけるだろ」
「俺の負担については考えないわけ?」
「そうよリグ、いくらなんでもバースに任せきりはできないわ」
「いや、ライムのためなら俺いくらでも頑張るけど、でも本当に大丈夫かライム。顔色悪いけど具合悪いんだったら遠慮しないで言ってくれよ?」
不安げに顔を覗き込んでくるバースに淡く笑いかけ、大丈夫よと答える。
体はどこも悪くない。
怪我をしてもエルファがすぐに治してくれるし、熱もない。
戦いもこなせているし、船だって動かせている。
どこもおかしくないはずなのに、妙に気分が優れない。
靄のかかった漠然とした何かが頭や心の片隅にあって、それが徐々に大きくなっている気がしてならない。
疲れているだけなのかもしれない。
ライムは地上へ降りると、自らを奮い立たせるべくぶんとバスタードソードを振った。
さすがはアイシャが贈ってくれた剣だ、アレフガルドの強敵にも簡単に斬りつけることができる。
素振りをしていたライムを、リグが目を細めて見つめた。
「ライムは太陽がなくても輝いて見えるよなー。華があるってこういうことか」
「リグだって勇者でしょ、充分華やかじゃない」
「髪も目も黒い俺は、完全に闇に溶け込んでるけどな。いっそ染めてみようかな、金髪とか」
「リグが金髪? ふふっ、今のでだいぶ笑って元気出たわ、ありがとう」
「似合わないって意味で笑ったのか? なあライム、俺が逆に落ち込むんだけど、なあ」
俺だってなりたくて黒髪黒目になったわけじゃないんだよ、父さんも母さんも黒かったから選択の余地なくこうなったんだよ。
くすくすと笑いながら先にマイラの村へと入るライムを、リグが叫びながら追いかけた。