ラダトーム 8
同じアレフガルドで火の光が差さないという条件はラダトームと同じはずなのに、こちらの方が暖かい。
ほかほかと地面から温もりを感じる。
湿度が高いのか少しむしむしとするここは、以前ヤマタノオロチを討伐する際に訪ねたマグマ洞窟のそれと暑さの程度こそ違えど似ている。
リグは黙々と湯気が上がっている小屋を指差し、あれは何だと観光ガイドに尋ねた。
「あれは温泉。マイラの地下からはお湯が出るから、昔は村民以外も当時目当てで観光客来てたくらい」
「てことは、この辺りには火山があるのか?」
「リグも見たろ、ここら辺山ばっかだったって。あれだけ山ありゃ火山も1つくらいあったかもな」
「その温泉って今も入れるの? 入ってみたいなー」
「そうね、気分転換と疲れも取りたいし私も入りたいわ」
「そうだな。じゃあバース、俺ら温泉浸かってるからその間に忘れ物取って来い」
「気を遣ってくれてるのか仲間外れにされてるか、どっちなんだ3人とも」
傷口沁みると痛いから塞いでから入ろうぜ、じゃあ手分けしてホイミしようかとすっかり入浴態勢に突入しているリグたちを、観光ガイドもといバースは慌てて呼び止めた。
家に案内しろと強要していたのはどこの勇者だ。
親に素行の悪さを言いつけると息巻いていたのはどこのリグだ。
他ではあまり見かけない温泉に興味を持つことが悪いとは言わないが、せめて温泉よりもこちらに多くの興味を持ってほしい。
バースはリグよりも先に、エルファやライムが飛びついたことがショックだった。
それもこれも、日々の旅で節約を続けた挙句野宿が日課となったことが災いした。
「リグ! 1人で温泉入っても楽しくないから後で俺と入ろうとか思わない?」
「バースと入った方がつまんないだろ。俺昔から一人遊び得意だったし、むしろ1人がいい」
「容赦なく仲間傷つけるのやめよう? 俺さっきからホイミじゃ癒せない傷たくさんできてる」
「だったら入んない方がいいぞ。じゃ、温泉上がったらバースの家集合で」
「「はーい」」
わいわいと小屋へと歩き始めたリグたちの背中を何も言えず黙って見送る。
さも当然のように自宅を集合場所に指定されたが、彼らに自宅を紹介した覚えはない。
地理的にはマイラが最寄りの村だが、そこからさらに歩くということを彼らは知っているのだろうか。
人に尋ねてわかるような場所にはないのだが、リグたちはいったいどうやって探すというのだろう。
「・・・結局俺、迎えに行かなきゃいけないじゃん」
これほど手間がかかるのならば、いっそリグたちをラダトームに留めたままにしておけば良かった。
バースは深く長くため息をつくと、鬱蒼と木々が生い茂る森に向かって手を薙ぎ払った。
動きに合わせ音もなく森が動き現れ出た細い道へ、バースは重い足取りで踏み出した。
1人でのんびりと浸かろうと思っていた温泉は意外に盛況で、すでに数人の先客がいた。
リグはだだっ広い湯船の隅に体を沈めると、思い切り体を伸ばした。
光を奪われれてしまったおかげで湯がぬるめと常連客は言うが、マイラの湯に初めて浸かったリグにはわからない。
今も充分に熱いと思うのだが、熱さに慣れた老人が言うのだから間違いはないのだろう。
老体で感覚が麻痺しているのではとは、口が裂けても言えなかった。
「ほう、ではお前さんは外の世界から? 道具屋の主人と同じようなことを言うでの」
「道具屋? 俺らの他にもそういう人っているんだ」
「おう、おう。器用な男で、わしらにとってはただのガラクタも買い取って細工をし、売り出すのじゃ」
「へえ。道具屋より武器防具屋やった方が儲かりそうだけど」
「職人芸ゆえ大量生産は向かぬと頑として聞き入れぬのじゃ」
「ヤマトみたいな奴だな、その人」
どんなガラクタも買い取ってくれるのならば、ガラクタばかりが詰まっている袋の中身も一気に片付くかもしれない。
買い取ってもらえず、かといって捨てるわけにもいかない処分保留なガラクタならばたくさん持っている。
職人ならこのくらい加工できるだろと発破をかければ買い取ってくれそうだ。
こういう交渉事は口下手な自分よりもフィルに任せるのが一番だが、生憎とこの世界にフィルはいない。
彼女はどうしているだろうかとふと考え、考えることに寂しさを覚えリグは顔に湯をかけた。
「ところでお前さん、さっき女湯に若い娘さんが2人入っていったんじゃが、あれもお前さんの知り合いかの?」
「赤と水色の髪の子ならそう。覗くなよ、2人とも強いからおじいさん生きて帰れなくなる」
「なんと・・・! やっぱり若い娘さんは若い男がいいのかのう・・・。こんな風に」
「は・・・!? おじい・・・、おじさん!?」
好々爺然としていた隣の老人が、なにやら小声で呟いたと同時に淡く光る。
光の中から現れ出たのは白、いや、銀に輝く髪以外は何もかもが若く見違えるようになった青年だ。
青年の容貌にはどこかしら見覚えがあり、リグはすぐさまかの人物の名を口走った。
「バース、お前探し物するって言って追いやったのになんでいんだよ!?」
「・・・ほう、やはり息子は帰っていたのか・・・。安心なさい、私はバースではない。彼の父だ」
「いや、どこにも安心できる点ないんだけど」
魔力が弱くて長くは変化を保てないのだよと穏やかに笑う自称バースの父を、リグは胡散臭い目で見つめた。