リムルダール 1
久しく使われることのなかった盾をようやく磨き終わり、顔を上げる。
陽が昇らない地のためか時間感覚が狂いそうになるが、半日はこうしていた気がする。
ギアガの大穴からアレフガルドにやって来て、どのくらいの時が経ったのだろうか。
決して短くはない時間を過ごしてきたはずだが、不思議と長さは感じない。
初めのうちこそ眠り目覚めるごとに印をつけていたが、そんな悠長なことをやっている場合ではなくなってからは本格的に時を忘れた。
ひょっとして、恐ろしいことになっているのではないかと時々思う。
「あっ、リグ終わった?」
「うん。どうした?」
「バースが呼んでるよ、たぶん次行くとこの話だと思う」
「わかった、今行く」
ローラの提供もありいつの間にやら作戦拠点と化している王宮の一室へエルファと共に向かう。
旅程についてはアレフガルド人のバースと訳あって旅をしていたライムが主に決めているが、2人が呼んだということは話がまとまったのだろう。
次はどこ行くんだろうな、まだ南には行ってないよねと話しながら部屋へと入ったリグたちは、海図と絵本を囲み難しい表情を浮かべている美形2人を見つけて顔を見合わせた。
「バース、リグ連れてきたんだけど・・・」
「ありがとうエルファ。・・・リグ、俺たちそろそろゾーマを倒しに行こうと思ってるんだ」
「へえ」
「アレフガルドに伝わる武具は揃った、精霊ルビスの加護も受けた。そして俺らは強くなった。今なら戦える」
「そっか。ま、俺ら元々そのためにここに来たんだけど今まではお前んちのお家騒動ばっか付き合ってたもんな」
「・・・それについては本当に悪かったと思ってる、俺自身は悪くないけど!」
バースのそういう態度がゴタゴタを更に酷くしたと、彼自身はどうやらまだ気付いていないらしい。
ライムは小さくため息を吐くと、海図を指差し口を開いた。
「みんなも知ってる通り、魔王城はラダトームからでも見えるわ。でも潮の流れと崖のせいで船では接岸できないの」
「サティに連れてってもらうとか」
「空からも駄目だ、雷に打たれ矢に貫かれる」
「じゃあどうやって行くんだよ」
「・・・『虹の架け橋』に頼ってみようと思う。アレフガルドに古くから伝わる童話なんだけど、だからこそ賭けてみる価値はある」
一般家庭とは程遠い家庭環境に育った自分でも、幼くまだ幸せだった頃に母に読んでもらった思い出がある。
アレフガルドはルビスが創った神の大地だ。
古くから伝わる話ほど、神代の伝説にも近い。
バースは絵本を取り上げると、訝しげな表情のままのリグたちに向かって挿絵を見せた。
「内容ざっくり言うと、超辺鄙なところにいる悪い奴が住んでる島に渡るために、雨と太陽で虹の橋を作って渡ろうって話」
「説明する気あるのか」
「ない。俺が説明するよりももっとぴったりな子がいるから、城に乗り込む前にその子たちに会いに行こうと言いたいわけ」
「ぴったりな子? 賢者一族の長老様とかじゃなくて?」
「あれは人間だろ。どんなに長生きしようと人間の寿命なんてのはたかが知れてる。ルビス様に昔仕えてたエルフに会いに行こう」
人間たちに対してはなかなかに気難しい性格をしているかの種族だが、こういう時こそ己が血筋を最大限に使うべきなのだろう。
同じくルビスに仕えていた者同士ということで、エルフたちもこちらを無下には住まい。
むしろそうであってほしい。
賢者としては少しどころかかなり後ろ暗いこともしてきたが、今のかの一族に清廉潔白な者などひとりもいない。
それにリグとライムはそれぞれルビスとラーミアの加護も受けている。
たとえ自分が受け入れられなくても、2人ならばいける。
バースはエルフたちのルビス愛に賭けていた。
「バースの話はわかった。で、行き方はどうするんだ? どこかまで船で行くとか?」
「ドムドーラまでルーラで飛んで、それからは歩きかな。メルキドが本当は一番近いけど、あそこはリグとエルファは行ったことがないから飛べない」
「ライムはあるんだ?」
「バシルーラで飛ばされた時、目が覚めたらメルキドにいたの。城塞に囲まれた大きな町だったわ」
「そうなんだ! 私たちも行ってみたいね、リグ」
「だよなあ、せっかくだしいいだろバース」
行きたい行きたいとごねるリグとエルファに、駄目だと言う気はない。
行って特別何かがあるわけでもないが、メルキド経由で行った方が疲れも取れるだろう。
魔王城へ行けば、ひょっとしたらもう戻って来れないかもしれない。
見せられるうちにリグたちにはアレフガルドのすべてを見せておきたかった。
この世界にはこんなにもたくさんの人々が住んでいて、ゾーマの支配から解放される日を待っているのだと伝えたかった。
「そうと決まればとりあえずドムドーラ行くか。いくぞー、ルー「いや、さすがに急すぎるって!」
「なんだよ、先に行こうって言ったのバースだから俺は気を利かせたんだけど」
「それはありがたいけどせめてもう少し準備しよう? ほら、部屋片付けるとか」
「それもそうだな」
たぶん、リグが一番この先覚悟と準備をしなければならないことになるからさ。
バースは心中でそう呟くと、先日のローラの言葉を思い出し目を伏せた。