時と翼と英雄たち


リムルダール    2







 砂漠の夜は寒い。
ライムは荒れ地に燃える炎を眺めながら、リグたちとではない旅を思い出していた。
行き先は逆だが、かつても歩いた道だ。
自分を語りたがらない旅人と、陽気な吟遊詩人。
2人が今どこで何をしているのかわからない。
彼らのことを訊いて良さそうな雰囲気ではなかったし、訊いたところで誰も答えを知らないような気もした。
願わくば2人とも無事でいてほしい。
ライムは小さく息を吐くと、同じく火の番をしているバースの顔を見つめた。
やはり似ていると思う。
言えばきっと2人とも嫌がるだろうが、根っこはそっくりだ。





「俺の顔見て俺じゃない奴のこと考えてる、ライム?」


「ん?」


「酷いなあ、こんないい男が目の前にいるってのに他の男を思い出すなんて」


「ごめんなさい、気に障っちゃった?」


「いや? ・・・ライムにはさ、一度ちゃんと謝んなきゃいけないってずっと思ってたんだ。ちゃんと謝って、ちゃんと話した方がいいと思ってた」


「謝ってもらうようなことされた覚えはないけど」


「俺を見ながらライムが考えてる奴のことで! ごめんライム、俺の身内があんなので」


「とてもいいお兄さんよ、謝ることなんて何もないじゃない。もう、2人してどうしてすぐに反省したがるんだか」





 むしろ謝らなければならないのはこちらの方だとライムは考えていた。
気付いていたのに気付かないふりをして放っておいて、2人をまた辛い目に遭わせてしまった。
もっと前から2人に介入しておけば変わったかもしれないのに、チャンスがあったのにできなかったのは他でもない自分の責任だ。
ガライに唆されたのだって言いつけを破ったのはこちらであって、プローズは何も悪くない。
やはり謝られる必要はない。
バースはリグとエルファがぐっすり眠っていることを確認すると、ゆっくりとライムの隣に腰を下ろした。
ちゃんと話す。
そう呟いたバースの顔が、炎に照らされ赤く輝く。
ライムはうんとだけ答えると、バースの言葉を待った。





「俺らのご先祖様はマイラヴェルって言って、精霊ルビスに仕えアレフガルドを緑溢れる大地にした不世出の大賢者とされている。
 彼は自身の姿を竜と変え不死鳥と共にルビスを守り、過去と未来を見渡す力で人々を導いた」


「本当にすごい人だったのね、マイラヴェルさんは」


「兄貴は一族最強の魔力を持って生まれたらしい。天才だった。呪文はすぐに覚えるし頭もいい、大人も引くほどの強さだった」


「そう」


「俺ら兄弟があの塔で何があったのかは、たぶんライムも聞いたと思うだろうから言わない。兄貴はさ、未来が見えるんだ。
 誰も知らないこれから起こることがあいつにはわかるんだ」


「・・・ああ、だから」


「心当たりがあったかな、やっぱり」


「その力のことを聞いたのは今が初めて。ありがとうバース、教えてくれて」






 プローズにラーミアの予言を話した時彼が冗談だと思わなかったのは、自らもまた預言者だったからだ。
ガライに連れられ行方をくらました自分を探し出し塔まで迎えに来てくれたのも、つまりはそういうことなのだろう。
塔でプローズの姿を見てからしばらく記憶がないのは、なくて当然の何かが我が身に起こったからだ。
ラーミアの予言はきっと当たっていた。
プローズが引き金だったのかもしれない、彼がこちらをどう思っているのかは別としても。





「バースは過去が見られるんでしょ。本当にすごいわ、バースに隠し事はできないわね」


「俺は俺ら以上にライムが怖いよ。・・・で、本題はもう1つ、これは姫の夢なんだけど」






 ずっと炎ばかり見つめていたバースが、ライムへ向き直る。
言おうかどうか悩んでいたが、1人で抱えるには重すぎる。
疲れているのかもしれない。楽になりたかった。
バースは大きく深呼吸するとリグは、と切り出した。





「リグは、勇者じゃないらしい」


「え?」


「リグのようだけどリグではなかったらしい。俺は見られないからわかんないけど、リグ好きの姫がああ言ったんだから冗談じゃ流せない気がする」


「リグに兄弟はいないわ。誰かがモシャスしたとか?」


「モシャスできる奴なんてそういないよ。少なくとも俺はできないし、あれ、結構難しいらしい」


「プローズがやったって言いたいの? でも彼は賢者よ、勇者じゃない」


「だろう? ・・・エルフたちは俺らよりも遥かに物知りだ。だから恐ろしくもある。俺らは、知っちゃいけないことも知ってしまいそうで」





 勇者として育てられ、アレフガルドでも勇者として戦い続けてきたリグがもし、お前は勇者ではないと告げられたら。
昔に比べればあなり性格も柔らかくなったリグだが、今でも彼の考えは読めないところが多い。
勇者でなかった彼が何になるのか、長く付き合っているライムにとっても勇者ではないリグが何かわからなかった。





「もしものことがあるかもしれないって、それだけは覚悟しといてほしいんだ。・・・ごめんライム、ライムにばっかり面倒事話して」


「何言ってるの、私が面倒だなんて思ったこと一度もないわよ。でもびっくりするでしょうね、リグもエルファも」


「だろうな」






 何を話されていたのか知る由もなく眠り続けるリグとエルファを見やる。
あと少しでメルキドだと嬉しげに地図を眺めていた2人には、少し酷な旅になるかもしれない。
バースとライムは小さく頷き合うと、再び夜の砂漠へと意識を向けた。







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