ロマリア 1
日も暮れかかった頃、リグたちはようやくロマリア城に辿り着いていた。
アリアハン大陸ではお目にかかれないような魔物たちから手荒い歓迎を受けたリグたちは、エルファが習得したバギの偉大さをひしひしと感じていた。
エルファの呪文が発動していなければ、今頃は狼の晩御飯に供されていたかもしれない。
時には逃げ、時には戦いといった地味な戦いを繰り広げていたリグたちは、城の入り口に着いた時には満身創痍の状態だった。
それでもなんとか道の途中で倒れ伏さずに、リグたちは倒れこむように宿屋のベッドに飛び込んだ。
リグたちが目覚めたのは、翌日日もすっかり空高くに昇ったころだった。
「おはようリグ。一番起きるの遅かったよ? ほんとに朝に弱いんだね」
「リグはアリアハン王に挨拶に行く時だって寝坊したくらいでしょ。きっと王に会いに行く時は寝坊するのが癖なのよ」
「なんだよ、寝坊ぐらいいいじゃん。バースなんてここにはいないし。4人揃わないと王の元には行けないのに結局・・・」
「俺がどうかしたかな、リグくん。言っとくけど俺は情報収集してきたんだからな。
今日だって一番に起きて散歩がてら町の人の話とか聞いてきたんだから、まさかそれでもなお俺のせいとか言わないよな?」
さすがは盗賊とでも言うのだろうか。
全く気配を感じさせずにバースはリグの背後に忍び寄っていた。
油断も隙もあったものではない。
起きたばかりなのだから、もう少し優しい登場をしてほしい。
「ほんとにバースは早起きだったんだよ。ここ、すごく楽しい町でね、きっといい王様なんだろうなぁって思ったよ」
「ちょっと待てエルファ。まさか、エルファもこの町を回ってきたんじゃないだろうな」
「うん。あ、でもそんなに詳しくはしてないよ。そんなことよりもほら、リグ、早く王様の所に行こうよ」
1人で勝手にショックを受けていたリグを急かすように、仲間たちは早々に宿屋を出て城へと向かっていた。
確かにロマリア王は善人だった。
良い性格をしていると評した方がしっくりくる気もする。
ほくほくと人の良さそうな笑顔と喜びを隠せない表情で、勇者オルテガの息子とその仲間たちであるリグたちを歓迎した。
しかし、この王には何かが足りなかった。
王の象徴でもある王冠を頭上に戴いていなかったのである。
被ることを忘れただけなのかもしれないと気を利かせたリグが、王に王冠の存在を告げた。
しかし、それが事の発端だった。
王はさも困った人のように寂しげに呟いた。
「そうなのじゃ・・・。王たる者の象徴である金の王冠が先日、何者かによって盗み出されてしまったのだ・・・。
あぁ、誰かわしの王冠を取り戻してくれるような勇敢な者はおらんのか・・・っ!!」
この王は演技が上手い。人を見る目もある。
それはお気の毒にと言いかけたリグの言葉も聞かず、王は無理難題にも簡単に応じてしまいそうなエルファににじり寄って懇願した。
「そこなる娘よ。頼む、神にも見捨てられかけたこの王に、再び王冠を手にするという神の慈悲を恵んでくれんかのう」
元来人に頼まれたら嫌とは言えないエルファだ。
しかも彼女の前に『神』という単語を出されたら、神に仕える者としては放っておく訳にもいかない。
彼女がロマリア王の視界に入った時から、既にこの王の作戦にはまっていたのかもしれない。
エルファはリグやライム、バースたちに向かってなんとも言えない表情を向けた。
彼女がこんな表情をすればどんな人だって、彼女の願いを聞き入れないわけにはいかない。
ある意味この表情は無敵なのだ。
リグはため息をつくと、王へ向き直り淡々と言った。
「・・・わかりました。俺たちがその金の王冠を取り戻してきます。安心して下さい、たぶん王の願いを聞き届けてみせます」
「おぉ、やってくれるか! さすがはオルテガの息子リグとその仲間じゃ!
盗賊たちは城の山を越えた先にある、シャンパーニの塔と呼ばれる場所に居を構えておる。
聞くところによると、奴らはかなりの強者とか。心してかかるのじゃ。そして、金の冠をその手に取り戻した暁には必ずここに戻ってくるのだぞ」
どうやらこの王はリグたちが金の王冠を手にしたまま、どこかに行方をくらますのではないかと案じているらしい。
甚だ心外である。基本的に困った人は助けようと親切心から思っているリグにとっては失礼この上ない。
前言撤回して冠奪還作戦を拒否してやろうかと、リグはライムに同意を求めるべく視線を向けた。
あ、死線を外された。一度やると言ったことは途中で投げ出さずにちゃんとやれということなのか、そうなのか。
「当たり前です、俺たちは盗賊じゃないんで。あぁ、これは盗賊ですけど物を盗らない主義だそうですから。それとも何ですが、王は冠を盗まれるんじゃないかと危ぶむような輩に奪還を頼んだと?」
「なんと、それは違うぞ! ちょーっとばかりからかってみたのじゃ。まったく、最近の若者は冗談も通じぬのか、嘆かわしいことよ」
「人を不愉快にする冗談はやめた方がいいですよ、・・・胸糞悪い」
リグの本音がうっかり出たところで限度だと感じたのか、ライムはリグを引っ張ると王の間から退出した。
これ以上あそこにいては、ロマリア領内進入禁止とか、国外追放とかされかねない。
それは非常に困る、ここに立ち入りできなくなったら旅に大きな支障が出てくる。
「お願いリグ、旅を滅茶苦茶にしたくないんならもう少し大人しくして」
「わかったよ、わかったから、引っ張ったら服が伸びる」
「服に合わせて身長も伸びればいいのにな」
「黙れ白髪盗賊が」
パーティの信頼関係にひびが入りそうな一言を言ってのけると、リグは黙々と山に向かって歩き出した。