ルビスの塔 6
待ってガライ。
ライムはガライにドムドーラから連れ出され、もう何度目かもわからない制止の声を上げていた。
ラダトームを過ぎどこぞからいつの間にやら調達した小舟に乗ったが、船が向かった先はマイラではなく小島だった。
初めは操舵が上手くできなくて小島に漂流したのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
ライムは船の舳先に立ち飄々と歌っているガライの背中に違うわと声をかけた。
「ガライ、マイラはもう過ぎたわ」
「知ってるよ」
「じゃあどうして」
「ここに行けばライムの仲間と会えるからだよ」
「そう言ってマイラまで連れて行くんじゃなかったの? これ以上適当なこと言わないで今すぐ船を戻して。戻し方がわからないなら私が動かすから」
「適当? 酷いなあ、当てずっぽうで言ってるわけないよ。目の前にそびえ立つ禍々しくも神聖なる塔。ここにおわすは僕たちの光、ルビス様だ」
「精霊ルビス・・・?」
「そう、魔王ゾーマに封じられしアレフガルドの母なる存在精霊ルビス。ライム、ここに行きたいでしょ」
「・・・でも今はまだその時じゃないわ。ここに来るのはリグ・・・仲間だけど、彼らと一緒の時よ」
「遅いな。闇はすぐそこまで迫っていて僕らを飲み込もうとしている。いつ会えるかもわからない一介の旅人を悠長に待っていられるほどこの世界は長く保たない」
ライムは何のためにアレフガルドに来たの?
ゾーマを倒しルビス様を救い出すために来てくれたと思っていた僕の予想は外れているの?
お決まりの笑顔を忘れてしまったような無表情で矢継ぎ早に尋ねてくるガライに、反論することができない。
吟遊詩人は言葉を操ることに長けた術者だ。
ガライの言葉には力がある。
いつかそう漏らしたプローズの言葉の意味を、ライムはガライと2人きりになり痛感し尽くしていた。
「僕は予言者じゃないしプローズのように未来を見通す力もないけど、人を見る目には自信がある。ライムの仲間は必ずここに来る。
そしてライムは僕の行動を止められない。なぜなら君は」
「・・・もういいわ、やめてガライ」
「制裁の太刀を振るう優しき聖女は、道の亡者を決して見捨てない。それでこそライムだ、さあ行こう」
「・・・ガライ、私はあなたのことがまったくわからなくなったわ」
「それがいいよ。知らない方がいい、知らないまま旅立った方がいい」
僕が何のために君をここに連れて来たのかとか、君がこれから味わうこととか、そんなものは知らない方がいいに決まっている。
ガライは小舟から軽やかに飛び降りると、覚悟を決めたのかすっきりとした顔のライムを連れルビスが眠る塔へと足を踏み入れた。
まさか、ここへ帰って来る日が来るとは思わなかった。
プローズは二度と敷居を跨がないと決めていた忌々しき実家を守る結界を難なく解除すると、脇目も振らず神殿の宝物庫へと大股で向かっていた。
長く帰らずとも体と頭は実家の構造を覚えているらしい。
プローズは迷うことなく宝物庫の前に立つと、指で触れることなく扉を開け放った。
「・・・相変わらず不用心な家だな」
「そのような開け方をするのはお前だけだからな。わざわざお前1人のために封印を強固にするわけがあるまい」
「当主様直々においであそばすとは、これまた不用心な」
「殺意があるのなら、私が口を開く前に息の根を止めていただろう?」
「・・・それだけの口が利けるのに力を持たぬとは、愚かでそして哀れなことよ」
「どこへ行く。お前が求めるものは何だ、我が息子プローズ」
「まだ私のことを覚えていたとは、さすが歴代当主が残した力を食い潰し社を守っているだけはあるといったところか」
ここで愚かなる非力な父と話していても何も進展しない。
プローズは宝物庫の棚に無造作に置かれている横笛をつかむと、くるりと踵を返した。
実家に戻ったのは笛を手に入れるためだけで、帰省したかったからではない。
父とすれ違ったプローズは、待てと静かに呼び止められ足を止めた。
こんな所で油を売っている暇はないというのに、体に流れる血がそうさせるのか当主に待てと言われると体が動かなくなる。
プローズは右手の中の妖精の笛をぎゅうと握り締めると、振り返ることなく何かと訊き返した。
「ルビスの元へ向かうつもりか」
「この笛が何のために存在するのか、よもや当主ともあろう方が忘れたとでも?」
「ルビスの間は何も変わってはおらぬ。変えられぬのだ、呪いのように過去がこびりついておる」
「あなたが守れなかったからだ。あなたがあの日あの時守れていたら、もっと賢者一族の長にふさわしき力を持っていれば、過去に呪われることはなかった」
「・・・・・・」
「私はあの日誓った。もう、金輪際あなたの言葉は信じないと。信じられるは己が力と心のみ、ゆえに私はルビスの元へ向かう」
彼らを待っている暇はもうないのだ。
プローズはまだ何か言いたげな様子の父を見捨てると、呪われし精霊の塔へ飛び立った。