時と翼と英雄たち


ルビスの塔    7







 先程までの彷徨う光とは違い、明確な意思を持っているかのように地図の上で白い光が目まぐるしく動く。
プローズが何を考え行動しているのかはわからないが、人間でありながら魔王に与する奴のことだ。
どうせろくでもないことを考え、そしてそれにライムを巻き込もうとしているに違いない。
奴の思い通りにはさせない。
奴が見ている未来などぶち壊してやる。
未来は独占するものではない。
誰かに見破られた未来など欲しくない。
バースはリグとエルファを背後に置き去りにしたまま、舞い戻った実家へと駆け込んだ。
厳かな神殿に響き渡る荒々しい足音に、神殿に使える人々が何事かと姿を現す。
神官の1人は聖域を踏み荒らすバースに走り寄ると、おやめ下さいと叫んだ。





「ここはルビス様を祀る神聖なる場。いかにバース様であろうと、神殿での狼藉はなりません!」


「ただ歩いてるだけのどこが狼藉だ! ・・・精霊の元へ行く、妖精の笛を借りに来ただけだ」


「なんと・・・! それこそなりません! かの地は今や魔物が巣食う悪しき塔。バース様であろうと、当主の許可なく立ち入ることはなりません!」


「親父の許可なんているもんか。退け、退かないんなら手加減しない」





 バースの右手に徐々に集められていく魔力に、神官が強張った顔で後ずさる。
やめろバース、大人げないことすんな俺らが恥ずかしいから。
ぱしんと何の躊躇いもなく手を伸ばされ腕をつかまれ、バースはちらりと手の主を顧みた。
さすがは毎日重い剣を振るっている勇者だ、振り払うとあがいてもつかんだ腕は離れることはないだろう。
リグはバースの手首をつかむ手に力を籠めると、もう一度やめろと低い声で口にした。





「いい歳した大人がガキみたいなことすんなよ。お前ここの坊ちゃんだろ、もっとまともにしろ」


「まともに筋通して間に合わなかったらどうするんだよ。リグ、お前はまだよくわかってない。あいつは本当にやばい奴なんだよ、人一人殺すことくらい簡単にやる奴なんだよ」


「本当に兄貴は人殺しをしたことがあるのか?」


「は・・・?」


「兄貴が魔王の手下なら、俺なんてとっくに殺されてるだろ。向こうの方が魔力は断然強いしな。エルファだって生きてんじゃん、いつ殺されてもおかしくないのに」


「そう・・・だけどあの、リグ・・・」


「ハイドルだって半殺しで済んでた。ライムがどうかはわかんないけど、少なくとも兄貴と一緒にいて生きてたんだろ。お前、少しは兄貴見ろよ」





 俺としちゃ、兄貴よりもその友だちの詩人の方がやばい感じがするけどな。
リグはそう続けると、背後を振り返ることなくそうだろと音もなく姿を見せた当主へと声をかけた。




「さすがは勇者殿、素晴らしい直感だ」


「当たってる?」


「さて・・・。バースよ、ここにお前が求めるものはない」


「なんだと・・・?」


「妖精の笛は先程、お前の兄が持ち去った。彼はルビスの間へ向かうと言っていた。・・・哀れな子よ・・・」


「あいつはルビス様にまで手を下す気なのか!? ふざけるな、そんな奴にあの笛は吹けない!」


「選ぶのは笛だ。バース、お前ではない。ルビスの間はあの時と何も変わらん。変えられぬ」


「あの時・・・?」


「エルファには後で話すよ。聞いて気持ち良くなる話じゃないけど」






 バースは当主から不意と顔を背け神殿にも背を向けると、再びリグとエルファを置き去りにして外を歩き始めた。
無駄足だった。
この家は、自分に何も授けてくれない。
リグやライムの家のような温もりがどこにもない。
欲しいのは地位でも名誉でも権力でも力でもなく、温かく迎えてくれるごく普通の家庭だった。
神殿ではなく、家族が待つ自宅に帰りたかった。
バースは神殿を後にし森の中の空き地に出ると、指笛を高く鳴らした。
もう地図はいらない。
奴とその友人が向かう場所はひとつしかない。
バースはようやく追いついたリグとエルファに小さく笑いかけると、両手を天へ突き出した。





「降りておいでサティ。ごめんな、ずっと1人にさせて」


「サティ・・・?」


「俺のアレフガルドでたった1人・・・いや、一頭の友だちサティ。これでルビスの塔まで行く、俺ら船使えないし」


「バース、それって魔物だよね・・・?」


「ああ、ラゴンヌだ。昔はただの迷い猫と思って可愛がってたんだけどいつの間にかでかくなってた。でもサティはいい奴なんだ。な、サティ」






 バースの呼びかけに、サティと呼ばれたラゴンヌがぐるるるとラゴンヌなりの甘えた声らしき鳴き声を上げる。
魔物という魔物を毛嫌いしているバースのアレフガルドでの唯一の友人が魔物とは、信じられないがこれが現実なのだろう。
バースはサティの背を優しく撫でると、ひょいと背中飛び乗りエルファへ手を差し伸べた。




「大丈夫だよ、サティは俺の大切な人は襲わない。あ、リグのことも襲わないから安心していいよ」


「・・・バース、お前・・・」


「気味悪いと思うか? 俺の死んだ母さん、昔あの凶暴なドラゴン手懐けたことあるんだって」


「人の声と言えないおっかない遺伝だな」


「ま、言っても気味悪がられるだろうしサティはずっといたから遺伝とは違うんだろうけど。こっちの方が早いよ、サティならてっぺんまですぐだ」


「だろうな。かっこいいよ、バース」


「今更か?」







 でも嬉しいよ、俺は母さんと繋がってるかもしれないって思えるから。
バースはそう答え口元に笑みを刷くと、リグとエルファを乗せたサティに飛べと高らかに叫んだ。







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