ルビスの塔 8
サティの背に跨り、闇に高くそびえ立つ塔沿いに一気に最上階を目指す。
ラゴンヌでもあるサティの鍛え抜かれた脚力と飛翔力は、他の魔物の追随を許さず追いすがる魔物たちを置き去りにする。
サティの前足で蹴倒されたら骨何本持ってかれるかな。
リグの呟きに、先頭に座っていたバースは3本はいくだろうなと返した。
「人間に懐いたばっかりにサティはラゴンヌの群れにも馴染みにくいみたいだし、自分の身は自分で守らないとサティも生きてけないよ」
「じゃあサティはどこに住んでんだよ」
「さあ? この辺りじゃないかな、ラゴンヌは塔に棲みついてる」
本当はラゴンヌだけではなくルビスを祀る神聖なる塔に棲みつく生きとし生きるすべての魔物を葬り去りたいが、それをやるには力が足りない。
力さえあればすぐにでも実行しているが、力がないから何もできない。
神聖な塔でこれ以上人間の血を流させることは許さない。
プローズとその友人がライムを連れ何を企んでいるのかはわからないが、企みが何であろうと絶対に阻止してみせる。
平地ではなく、塔を登っているであろう彼らの居場所を知らせる地図はもういるまい。
バースは同じ所をずっと光り続けている白と緑の光を確認すると、くしゃりと丸め鞄に突っ込んだ。
「サティ頑張れ、あと少しだ」
「グゥ・・・」
「サティ?」
「伏せろバース、上だ!」
リグの叫びと共に頭を強く押さえつけられ、直後頭上からぶちぶちと肉と骨が千切れる残酷な音が聞こえる。
勇者の馬鹿力で押さえつけられた頭をなんとか動かしたバースは、目の前を横切っていった巨大な翼だったものに目を見開いた。
逃げてサティ、サティを狙ってる!
竜巻の轟音に負けじと懸命に声を張り上げるエルファに、バースははっと我に返り呻き声を上げ続けているサティの首を強く撫でた。
「サティもういい、俺らを置いて逃げろ」
「グルル・・・」
「あいつらはお前を狙ってる。魔王に仕える魔物でありながら人間に力を貸したお前を殺そうとしている!」
「バース早く、早くサティを!」
「俺は人間だから、お前が傷ついても治してやれない。命は失ったら終わりなんだ。だから頼むサティ、俺らを捨ててくれ!」
エルファの悲鳴が聞こえ、周囲に焦げ臭い異臭が立ち込める。
急にぐらりと傾いだサティの背中にしがみつこうとしたバースは、サティの片翼が炎で焼き爛れているのを見て唇を噛んだ。
魔物同士で殺し合いをするとは、魔物はおろかだ。
たった一頭のラゴンヌを仕留めるために多くの魔物を動員したゾーマも愚かだ。
人間は、その愚かでしかない存在に命を脅かされている。
魔物も愚かだが、人間も愚かだ。
バースの独り言を耳にしたリグが、バースの背を押しのけサティの後頭部に手を翳す。
お前は今から俺になる、俺に意識を寄越せ。
リグの手がぼんやりと紫色の光を発したと同時に、上昇を続けていたサティの動きがぴたりと止まる。
ネクロゴンドのご先祖様ってほんと怖いよな、魔物にだって効くんだから俺も死神詩人ってのと一緒だよ。
リグは額に汗を浮かべながら小さく笑うと、意識を支配下に置いたサティを操りバルコニーへと近付けた。
「エルファ、目くらましにでかいのいけるか?」
「イオラでいい?」
「・・・いや、俺がやる。とびきりでかいの唱えてサティの追手を全部潰す」
「無理すんなよ。ここからが本番なんだろ」
「賢者の力舐めんなよ。リグが魔物を操れるんなら、俺は友だちに悪さする魔物を全部滅ぼす」
「はっ、言うことは賢者っていうか殺戮者だな」
「戦いの歴史は殺戮の歴史。俺らは今、歴史を生きてる」
歴史に名を残すのは、戦いに勝利した者だけだ。
敗者などすべて消えてなくなってしまえばいい。
バースは虚ろな瞳でバルコニーに横たわったサティをちらりと見下ろすと、考えなしに迫り来る魔物の群れに向かって特大のイオナズンを3発ほど立て続けに放った。
ガライに連れられ戦闘らしい戦闘をすることもなく、塔の最上階らしき空間へと歩を進める。
魔物たちの邪悪な気配で満ち満ちていた下層とは違い、ここだけは静謐な空気が流れている。
前を見てごらんライム。
ガライに促され視線を前方へと移したライムは、遠目にうっすらと見える石像に目を細めた。
「あれが誰だかわかるかい?」
「・・・精霊ルビス・・・?」
「そう。哀れな方だよ、僕たちを守るためにこうして石像となってしまわれたアレフガルドの母なる存在。ライムはルビス様を助けにアレフガルドに来たんだよね」
「ええ。どうやったら精霊ルビスは目覚めるの?」
「簡単なことじゃあない。ルビス様を復活させることを魔物たちは阻止したいから、まずは奴らを倒さなきゃならない」
とびきり強そうないかにも番人って感じの魔物を用意してあげるね。
ガライは歌うように告げると、懐から銀の竪琴を取り出ししゃらりと奏でた。
静謐だった空気が突如禍々しいものへと変わり、床が大きく揺れる。
剣を床に突き立て揺れに耐えたライムは、竪琴を奏で続けるガライに何をしたのと叫んだ。
「銀の竪琴は魔性の音色。魔物を惑わし誘う魔界の調べ。動く石像に大魔神、いかにも塔の番人って感じの奴らでしょ?」
「何をしたのかと訊いてるの!」
「あれ、まだわからないの? 僕は魔物をこの竪琴ひとつで操れる。まあ、魔物は人間を殺すことが仕事だから呼んだだけでいいんだけど」
「どうして? なぜこんなことをするの!?」
「取り戻したい人がいるからさ。君はプローズにどんな形であれ影響を与えてる。僕と弟くん以外の人間には無関心だったプローズが、どうしてだか君には心を開いた。
僕はプローズを向こうに行かせたくないんだ。そしてそうするためには、彼が心動かす人がもう一度魔物に倒されればいいと思った」
「なっ・・・、なんてことをするの!? ガライ、今すぐやめて!」
「無駄だよ。さあライム、早くこいつらを倒しておくれよ。どのみち奴らを倒さないとルビス様は救えない。迷う必要がどこにある?」
竪琴の美しくも妖しい音色に誘われるがままに次々と現れる魔物の群れを見回す。
ガライが自分をプローズから引き離し、帰りたいと言っても駄々を捏ねここまで連れて来た理由がようやくわかった。
プローズがガライに銀の竪琴を持たせるなと言っていた本当の理由がやっとわかった。
初めからガライは自分を亡き者にするつもりだったのだ。
いや、初めこそ善意で助けてくれたのだろうが、ドムドーラへの旅の途中で考え始めたのだろう。
ラーミアの言葉が徐々に現実味を帯びてくる。
ここで本当に傷ついてしまうのだろうか。
確かに現れた魔物たちは1人で相手にするには数も多く強敵ばかりだが、リグたちとも再会できないまま倒れるわけにはいかない。
リグたちは必ずここへやって来る。
だったら、彼らが到着し加勢してくれるまで持ち堪えればいいだけだ。
ライムはバスタードソードを構えると、巨大な腕を振り下ろしてきた動く石像に斬りかかった。