時と翼と英雄たち

サマンオサ    2





 いくつかの旅の扉を越え、さびれた教会の裏手に到着する。
こんなに一気に旅の扉を利用したのは久し振りだ。
よって船酔い現象も著しい。
時空の歪みにもまれてぐるぐると回り続ける頭を押さえ、リグは現地点を確認した。
地図上に光る点は確かにサマンオサ大陸の内部を位置している。
ここまで来るのに何度行き先を間違えたことか。
ようやく訪れることのできたかの地にリグは恨めしさこそ抱くものの、愛着のようなものは微塵も抱かなかった。
こんな目に遭わせやがって、どうして大国というのは海や山に囲まれたところにあるのだ。
到着時点から不機嫌さを露わにしているリグを見て、ライムはため息をついた。





「せっかく新しいとこに来たんだから、もうちょっと気分良く始めなさいよ」


「そうしたいのは山々。でも現実って厳しいし」




 ぶつくさと文句を言いながら表に出ようと教会の角を曲がると、どしんと何かにぶつかった。
きゃあっとか細い悲鳴が上がったのを聞き、慌てて手を差し伸べる。
リグがぶつかったのはこの教会で働いているシスターだった。





「びっくりした・・・、いつの間にか人が来ていらしたなんて」


「すみませんねぇ驚かせちゃって。しっかしこりゃまたずいぶんと年季の入った教会ですねぇ」





 シスターが落とした薪を拾い集めるリグの隣でバースが尋ねた。
彼の問いにシスターはええそうでしょうともと寂しげに笑った。




「ここはサマンオサ領の外れの教会。20年ほど前はここにも多くの人々が訪れていてくれたのですが・・・」


「みーんな信仰心が薄れたってわけでもなさそうですね」





 バースはのほほんと言いながらも鋭い視線を周囲に飛ばした。
何かに見張られているような気がしていた。
旅の扉からやって来て、それに近づこうとする人間を殺してしまおうという魔性の殺気だった。
それはリグたちも同様にしっかりと感じ取っていたらしい。
リグはシスターをエルファに押し付けると、せっかく拾った薪を捨て代わりに剣を構えた。





「俺が正面行くから、ライムとバースは側面から頼む。エルファはシスターをよろしくな」


「俺肉弾戦とかちょっと遠慮「ゼロ距離でメラミとかよく効きそうだと思わないか、エルファ?」




 そうだねとエルファが言った直後、バースの体がその場から消えた。
ドーンと派手に火柱が上がる音がしてそちらを見る。
案の定、瞬速でシャーマンにメラミをぶち込んでいるバースがいた。
彼に遅れ時と剣を振りかざしたリグとライムを確認して、ようやくバースの動きが戻った。





「バース速かったね。でも、いつもそんなに素早かったっけ・・・?」


「動力源はエルファの激励だからな!」


「うん?」





 あっさりと戦線離脱し戦いをリグとライムに任せっぱなしにする。
あの程度の敵、大した数ではないだろう。
それよりも気になるのはサマンオサの動向だ。
もしかして酷いことになっているのではないだろうか。
だから出国者と入国者を厳しく見張り、あわよくば抹殺せんと企んでいるのではないだろうか。






「シスター、サマンオサは荒れてるんですか?」


「行くというのですか!? あの呪われし国に・・・」


「そんなに酷いとこなんですか?」





 清楚なシスターの口から洩れた物騒極まりない言葉に、エルファの眉がぴくりと上がった。
かつては僧侶として神に仕えていた身だ。
呪われるだなんて言葉使った記憶はない。
そもそも、そんな言葉普通の国家を評する時には使わない言葉だ。
エルファは戦いを終えて一息ついているリグとライムにベホイミを唱えると、シスターに連れられて教会の中へと案内された。
外観と同じくかなり古ぼけた十字架が掲げられ、その前には初老の神父が熱心に祈りを捧げている。
神父様とシスターが声をかけると、男性はゆっくりと腰を上げリグたちを顧みた。
顔に深く刻まれた皺と、憔悴しきった様子が見ているだけでも痛々しい。






「旅の方か・・・。よく無事に来られた」


「この方たちが周りにいた魔物を倒してくださったのです」


「それはそれは・・・・・・。強いお方よ、サマンオサへ行かれるおつもりか?」


「そのつもりですけど」


「悪いことは言わぬ。やめなされ、あの国へ行かれてもなにも善きことはない」





 神父の存外厳しい言葉にリグたちは顔を見合わせた。
なぜそこまで頑なにサマンオサ行きを止めるのかわからなかった。
むしろ、強く止められれば止められるほどに不安が大きくなっていく。
何やらサマンオサという大国すべてがどす黒い霧に覆われているように感じられた。




「それに最近はこの辺りは夜になると夜盗も出ると聞きます」


「夜盗だったら俺たちが捕まえりゃいい。こう見えて捕り物は2回ほどやったことあるし。それに」





 誰が何と言おうと行かなくちゃいけない場所がある。
リグはぴしゃりと言い放つと強張った表情の神父に笑いかけた。




「俺たち場数は踏んでるつもりだから。それに・・・・・・、サマンオサに住んでる家族のことが心配なんだろ?
 息子さんの様子も見てきてやるよ」


「なぜそれを・・・」


「・・・勘みたいなやつ。気にしなくていい」






 気まずくなったのか、リグはふいと下を向いた。
またやってしまった。
昔に比べたら直感が少し鈍くなった気はする。
びしりと的確に鮮明にわかっていたものが、薄い膜が張られたように見えていた。
バースがかけてくれた封印のおかげか、それとももっと別の理由か。
何にせよ、言い当てられた法にとってみれば驚かされこそすれ喜ばれはしない。
居心地が悪くなって教会を去ろうと神父たちに背を向けた瞬間、神父の縋るような声が響いた。





「確かに私には息子がいる。もしも息子に会うことがあれば伝えてください、私は元気だと」


「・・・わかった」







 リグたちは教会を後にした。
見えない闇に取り囲まれているサマンオサへと、再び歩き始めた。





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