サマンオサ 3
教会を後にしたリグたちは、ひたすら歩き続けていた。
手持ちの地図を見るのすら嫌になる。
人の足では到底踏破することが叶わない山脈を避けて進むために、大きく大きく遠回りをしなければならないのだ。
「なぁバース。ここはひとつお前のイオナズンか何かであの山脈のどっかにトンネル作ったりしてみないか?」
「俺を殺す気か? いくら華麗に強いスーパー賢者な俺でも、魔力の酷使で廃人になるって」
「うちにスーパー賢者なんていないけど」
「ちょっと、拒否理由がずれてるわよ」
イオンズンで穴開けても生き埋めになるだけとライムは言うと、立ち止まって名残惜しそうに山脈を見つめるリグの頭を小突いた。
ぼうっと突っ立っているよりもイオナズンで突貫工事をするよりも、歩いた方が城に早く着くというのに。
何か考えあっての行動なのか、それとも単にのんびりしているだけなのか。
緊迫感が足りないと呟くと、今度はリグの脇腹を叩いた。
「ライム、いつの間にそんな手が早い奴になったんだ?」
「変なこと言わない。ほら、休むのはもう少し辺りが暗くなってから」
「ライムにさんせーい。さぁさぁリグ君、眠いのはわかるけどもう少しだけ頑張ろうな?」
「ガキ扱いするな白髪頭」
にこおっとバースの顔がきれいに笑みを作った。
右手にはしっかり魔力でできた熱い塊がある。
アフロ、モヒカン、それから坊主、どれがいいと笑顔でにじり寄ってくるバースから、リグは素早く逃げ出したのだった。
「バース、ちょっといいかな」
夕食を食べ終えサークレットを磨いていたバースの元にエルファが訪れた。
邪魔だったかなと出直そうとする彼女を慌てて引き止める。
「邪魔なわけないじゃん。どうかした?」
「大したことじゃないんだけどね、この間神父様が言ってたじゃない。この辺りは夜盗が出るって」
「あぁ・・・・・・・、言ってたような気がするな。お目にかかったことはないけど」
おかしいと思わない、とエルファは身を乗り出した。
不意に近づいた顔に、バースの口から小さく声が漏れる。
何を驚いているんだと自分自身に喝を入れ、緩んでいるであろう顔を必死に引き締める。
エルファはバースの百面相に小首を傾げたが、すぐに真剣な表情に戻った。
「悪性高きサマンオサを出入りしようとする人っているかな?」
「あの国に行くには俺らみたいに旅の扉使わないと無理だろ。でも来た人いないらしいし」
「それに、わたしたちとすれ違った旅人なんて1人もいないよ。
ねぇ、そんなとこで盗賊業とかやってて儲かるの?」
「・・・なんで俺に訊くの?」
だってバースは盗賊だったでしょ。
予想通りの返答にバースはがくりと肩を落とした。
名ばかりの盗賊で、盗みなど一度だって働いたことがないのだ。
きっと彼女はリグが盗賊をしていたら彼に尋ねただろう。
ライムがそうでも同じようにしたはずだ。
バースだからではなくて、バースがたまたま盗賊だったから訊いたのであって、人は関係なかったのだ。
そう思うと途端に空しくなってくる。
「ここは盗むものもないから儲からないと思うよ。・・・もっとも、その夜盗は夜盗じゃないかもしれないけど」
「バースみたいにいい人で盗賊ってこと?」
「違う。夜盗だって思ってるのは俺たちだけで、実は本人は例えば戦士だってこと」
「そっか・・・。さすがバースだね! わたしバースに訊いて良かった!」
満面の笑みで感謝の言葉を言われバースは恥ずかしくてそっぽを向いた。
だがすぐに質問した理由を思い出し俯く。
褒められても素直に喜べなかった。
「・・・エルファが俺に尋ねたのは、俺が盗賊だったからだろ?」
「初めはそうだったよ。でもね、もしバースが盗賊でなくても訊いてたと思うよ。
だってバースに訊いたら答えが見つかりそうだったもん」
「・・・そっか!!」
さらりと嬉しくて恥ずかしくなるようなことを言ってくれるじゃないか。
バースはエルファの方を向き直ると、自慢の笑顔フルパワーで笑みを返した。
風もないのに茂みが揺れて音を立てた。
この気配はリグたちのものではない。
魔物の凶悪さも感じられない。
刺すような視線を感じた。
「夜盗っていうのは、人が寝静まってから襲ったりするんじゃない?」
「・・・夜盗? これはまた奇妙なことを言う。夜盗はそちらであろうに」
ライムは見えざる敵に向かってすらりと剣を抜いた。
月が雲で隠れ周囲に明かりもないため、ぼんやりとしか相手の姿がわからない。
しかしその状況は敵にしても同じこと。
夜に戦ったことだって旅をしていればもちろんあるし、夜盗風情に遅れは取らない。
ライムが剣を構えたのを感じたのか、夜盗も得物を抜き放った。
互いに間合いを取って対峙していたが、先に動いたのはライムだった。
(先手必勝――――――っ!!)
がきん、と剣と剣が交わる音が響く。
確かに残る痺れに眉をしかめ、第二撃を送る。
しかしそれすらも難なく受け流され、ライムは初めて緊張した。
夜盗がこれほどの剣の手練であっていいものか。
打ち込まれれば押されそうになる。
隙もなかなか見つからない。
焦りが、ほんのわずかな隙をライムに作った。
「夜盗といえど人、殺すのは忍びない・・・・・・」
「あっ・・・・・・!」
脇腹に鈍い衝撃を感じ体がよろめいた。
剣の柄をぶつけられたのだろう、血が出ている様子はない。
ライムの視界がぐるりと反転し、地面に背中が叩きつけられた。
愛剣を遠くへ飛ばされ、顔に横に相手の剣を突き立てられる。
身動きすることすら叶わず、聞こえるのは自分を打ち負かした憎き相手の声だけだ。
「その強さ、より有意義に使えばいいものを・・・」
「ふざけ「きゃーーーっ、ライムっ!?」
「ちょっ、待てエルファ! 絶対にあれに近づいちゃ駄目だ。たとえあれが夜盗でなくても!!」
ふざけないでと叫ぼうとした瞬間、やや遠くから可憐な悲鳴と、落ち着いてはいるがしっかり叫んでいる青年の声が上がった。
エルファとバースだと、ライムはぼんやりと悟った。
有事にもエルファを第一に考えるとは、やはり彼は冷静な男だ。
しかし夜盗でなくてもとはどういうことだろうか。
今自分を押し倒している剣の遣い手は、教会で聞いた夜盗ではないのか。
ライムの頭が疑問でいっぱいになった時、ようやく月が雲から姿を現した。
柔らかな光がライムと、そして男の姿を映し出す。
「「え・・・・・・・・?」」
ライムの目に飛び込んできたのは、とても夜盗と勘違いしたらいけないような立派な身なりをした美青年だった。
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