サマンオサ 4
雲の隙間から漏れ出た月明かりが、草むらに倒れた男女を照らす。
互いをようやく認識した2人は、言葉を発することもなくじっと見つめ合っていた。
ライムの目に映るのは、とても夜盗とは思えない澄んだ瞳をした青年だった。
一体何と戦っていたのか、ライムは青年を見つめたまま考えていた。
それは相手にしても同じだったのだろう、訝しげな表情でライムを見下ろしている。
まるで2人の間だけ時が止まったようだった。
目を逸らすことができなかった。
月が完全に雲から抜け出て、より周囲を明るく照らした。
そういえば近くにバースとエルファがいるんだった。
ライムははたと思い出すと、変わらず自身を押し倒している青年に声をかけようと口を開いた。
と同時に、青年の口からも声が飛び出す。
「・・・あの」
「なん「へぇ、こりゃまたずいぶんとかっこいい夜盗なこった」
おどけてはいるが明らかに機嫌を損ねているバースの声がすぐ近くで聞こえた。
火の玉が青年の肩を掠める。
狙い過たずにメラを唱えるのはさすがだが、わざわざ挑発することはなかったのではなかろうか。
見ての通り、彼は強いのだ。
いかにバースとはいえ、力勝負に持ち込まれては太刀打ちできまい。
青年はバースの存在に気付くと、むくりと身体を起こしバースを見据えた。
「・・・私は夜盗などではない。何度言えばわかるのだ」
「ライム襲ってる時点じゃ夜盗だっての。・・・ま、俺もあんたが夜盗にゃ見えないけど」
「なら戦うのはやめとけ、バース」
睨みあった2人の間に眠たそうな第三の声が響き渡った。
いや、現に欠伸をしながらゆっくりと割り込んでくる。
エルファも素晴らしいタイミングでリグを呼び寄せたものだ。
リグはバースと青年を交互に見やり、とっくりと青年を眺めて首を傾げた。
「・・・あんた、誰?」
「わたしの名はハイドル、ただの旅人だ。あなたたちは何者だ?」
「俺たち? 今からサマンオサに行く旅人だけど。あぁ、俺はリグ」
リグ、とハイドルが呟いた。
少し考えているように眉を寄せ、何か思い出した節があったのかはっとしてリグの顔を見つめた。
「あなたがあの勇者オルテガの息子か!」
「そう、だけど・・・。なぁ、どっかで俺と会ったことある、ハイドルさん?」
「わたしはサマンオサの勇者サイモンの息子だ。そうか、あの小さな・・・」
そこまで言ってハイドルの顔から血の気が引いた。
慌てて先程まで戦っていたライムを振り返る。
エルファに介抱してもらいつつも彼を眺めていたライムは、ハイドルと目が合うとぱっと目を逸らした。
リグはライムをちらりと見つめ小さくため息をつくと、ハイドルに向き直った。
「いろいろお互い聞きたいことがあるみたいだけど、今日はもう寝よう。
俺眠くてさ、立ってるのがやっとなんだよ」
「・・・わかった、明日お話しよう。あの国の現状を」
結局夜盗の話は勘違いだったらしい。
リグたちはそれだけ結論をつけて明日に備えることにした。
ライムは思い出していた。
彼が夜盗ではないことは剣を交えてから気が付いた。
あれほどの剣の遣い手と戦ったことはなかった。
あの時自分に焦りが生じていたとはいえ、ああまで鮮やかに負けることは最近では珍しいことだった。
「・・・私も、まだまだ修行が足りないってことなのかしらね・・・」
「ライム、調子はどう?」
ひょっこりとエルファが顔を出す。
昨日の今日のことだから、彼女なりに心配していたのだろう。
全然平気よと言うと、ほっとした表情になる。
ライムはエルファと連れ立ってリグたちの元へと向かった。
朝からバースがなにやら1人でぺちゃくちゃと喚いている。
うるさそうに顔をしかめているリグだったが、ライムたちの到着を目にするとバースに黙れと言い渡した。
「ったくせっかく俺が素晴らしい持論を展開してやってたのに」
「どんなお話?」
「さすがはエルファだな。俺の話をちゃーんと聞いてくれるなんて、どこぞの勇者と大違い!」
「お前の話がくだらないんだよ。朝っぱらから体力使わせるな似非賢者」
バースの素晴らしい持論とやらが見事に吹っ飛んだ口喧嘩となり、ライムは苦笑した。
どうせ大したものではなかったのだろう。
もしかしたらバース自身も忘れてしまっているかもしれない。
それでもいいかと思って3人の不毛なやり取りを眺めていると、背後からその、と声をかけられた。
見ればハイドルが立っている。
「・・・おはようございます、ハイドルさん」
「おはよう。・・・その、昨日は申し訳ないことをしてしまった。本当にすまない」
「いえ・・・、私の方こそ一方的に夜盗と疑ってしまってごめんなさい。
でも、夜盗はあんなに強くないですよね、なのに私ったら」
ライムとハイドルは見つめ合うと、どちらからともなく笑いあった。
刃を交えこそしたが、互いに正義のために剣を振るったのだ。
強さを褒め称えることはするが、憎しみあう必要はない。
不意に、月明かりであなたを見たときとハイドルは口を開いた。
「あなたのように澄んだ瞳をした美しい女(ひと)が悪事を働くとは思えなかった」
「そ・・・、そんな、私は別に美しくなんか・・・」
「あっ、ライム、ハイドルさん! リグが探してるよ、2人を!」
照れて言葉に詰まったライムを助けるかごときタイミングで現れたエルファが、2人に向かって大きく手を振った。
「サマンオサでは、笑顔が見られないだろう」
ハイドルの語ったサマンオサの現状の第一声に、リグたちは予想通りの悲劇を見た。
笑みを浮かべることができないほどに民は苦しんでいるのだろう。
「悪性を敷くのは国の頂点に立つ王だろう。そんなに出来の悪い王なのか、サマンオサ王は?」
「いや、十数年前は善い王だったらしい。しかし、それからは人が変わったかのような振る舞いをするようになった・・・」
「王が死んだわけでもないのにそれはおかしいでしょ。魔物か何かに化けてるんじゃないの?」
ライムの一言にハイドルは小さく頷いた。
王が魔物だということは薄々感じていた。
しかしそれを証明するものがなかった。
何の証拠も持たずに王を魔物呼ばわりすれば、国家反逆罪として最悪処刑される。
勇者サイモンの息子だ、死を恐れているわけではない。
しかし、仮に自分が処刑されてしまったらどうなるのだろうか。
外界と遮断されたこの国に非力な民たちを置いて独り死ぬことなど、ハイドルにはできなかった。
「父の行方も消息も気にはなる。しかし、サマンオサの民を放って外に探しに出ることもできない・・・」
「じゃ要するに、俺たちは王が魔物だっていう証拠を持った上で王を倒せばいいってことか」
「心当たりがあるのか、バース」
「いいやない。ないけど、サマンオサに行きゃなんとかなるだろ。
城なんだから、図書室でも漁れば文献の1つや2つ見つかるって」
「それもそっか。てことで俺たちはやっぱりサマンオサに行くけど、ハイドルさんはどうする?」
リグたちの視線がハイドルに集中する。
ハイドルはゆっくりとリグたちを見回してから、きっぱりと答えた。
「私も共に戦わせてくれ。勇者の力を、サマンオサに貸してくれ」
「別に力っていうほど大したものも持ってないけどな、この勇者は」
バースの余計な一言に問答無用の肘鉄を放ったリグだった。
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