サマンオサ　　　　７





　ハイドルが加入してからのリグたちの戦いは格段に上達した。
ライムと同じくらいかあるいは彼女以上の剣術を心得ている彼は、リグの役目を奪ってしまうくらいに鮮やかに魔物たちを葬っていた。





「さすがは勇者サイモンの息子って感じだな。俺だいぶ楽できるし」


「ていうかリグ、さっきから戦ってないよね」


「俺いらないじゃん。ライムとハイドルさんが２人して剣振るってる方が絵にもなるし」


「２人に俺も加われば、辛気臭い洞窟も天国に見えるぜ？」




　ライムたちの後方、戦闘放棄中のリグと回復係のエルファの隣で火の玉を乱射していたバースがへらりと笑った。
余所見をしながら飛ばしてはいるが、そのどれもが狙い過たず魔物に命中しているのだからそら恐ろしい。
いつかライムやハイドルに当たるのではと、見ているエルファがドキドキするほどである。





「そんなに呪文ばっか唱えてこの先足りるのか？　魔法の聖水は飲むなよ」


「あんな不味い聖水こっちからお断り。あれ飲むくらいならマホトラするし」





　バースはそう言うと、今まさにザオラルで味方を蘇らせようとしていたゾンビマスターに向けてマホトラを唱えた。
使うはずの魔力がなくなり呪文が不発に終わる。
どうしたものかと慌てていたゾンビマスターを即座に真っ二つにしたのはライムだった。




「ちょっとリグ、見てばっかりじゃなくて少しは戦いなさい」


「いいじゃんたまには休憩しても。ライムもハイドルさんと一緒に戦ってる方が綺麗だし」


「あのねぇ・・・」




　リグは面倒臭そうに言うと、背後に迫って来ていた魔物をよく見もせずに斬り伏せた。
だらけていてもきちんと周囲を警戒しているので何も言えない。
リグは大きく伸びをすると、視界に捕らえていた宝箱の中を攫おうと足を動かした。
気をつけてリグと言うエルファの忠告にも耳を貸さずに宝箱に手をかけ、そして無言で蓋を閉じようとした。




「・・・ライム、ちょっと手伝って「あげません。無用心に開けたからでしょ」





　リグは幾分か傷ついた表情を見せると、ミミックに向けて剣を構えた。
手伝いましょうとリグの元へ向かおうとするハイドルを制止するライムの声が聞こえる。
あの２人いつの間にか仲良くなってしまって、一体何があったというんだ。
年頃の男女をほんの数時間とはいえ２人きりにしてしまったのがまずかったのか。
そういえばバースとエルファを２人きりにさせたことはない気がする。
リグは飛びかかってきたミミックを蹴り飛ばすと、箱の中心に剣を突き立てた。





「さすがは勇者オルテガの息子、見事な剣さばき」


「まぁ伊達に勇者やってないし」


「いつか手合わせ願いたいものだ」


「あー・・・、それはちょっと勘弁してほしいかも」


「だってライムが負けた相手だもんなー。リグが勝てるわけないって」





　あっけらかんとリグ敗北宣言をしたバースにリグは剣を突きつけた。
なんだかこの男に言われると、たとえそれが事実であったとしてもイラッとする。
全ては彼の軽い口調が原因なのだ。
もう少し真面目になったら誰よりも頼もしい天才賢者になれるというのに、それができないばっかりにただのお調子者になってしまう。
バースは突き出された剣を杖で払いのけると、にこりと笑いかけた。





「仲間に剣を向けるなっていつかも言った気がするんだけど、リグ君は忘れちゃったのかなー？」


「仲間にメラミ唱えるなって言ったつもりだけど、全然聞いてなかったみたいだな」





　魔物そっちのけで戦闘体制に入ったリグとバースを止めようと、エルファが仲裁に入るべく２人に近づいた。
すると、エルファの下の地面がいきなり消えた。
何が起こったのかまったく理解できていないエルファだったが、彼女の意思に反して身体が下へと落ちてゆく。
突如落下を始めたエルファの身体を掴もうと、バースは慌てて穴に飛び込んだ。




「え、え、え？　あっ、バース！？」


「ちょっと待ってエルファ、俺が下敷きになるから・・・！」




　華奢なエルファのことだ、クッションなしに地面に墜落したら骨の１本や２本折れかねない。
彼女の身を守るためには自分がクッションとなるしか道はない。
バースは気合と根性でエルファよりも先に着地すると、全身を使ってエルファの身体を受け止めた。
柔らかさとか温もりとかの前に重さと痛みがバースを襲う。
必死に痛みを堪えるバースの後ろでリグの呆れた声がした。





「お前馬鹿だろ。ああいう風に受け止めれば良かったのに」


「へ？」




　バースはリグが指差した方を見やった。
そして己のチョイスミスを大いに悔やんだ。
どうしてその方法に気付かなかったのだろうかと、自分自身を嫌いになりそうだった。





「ご、ごめんなさいハイドルさん。重たいだろうに・・・」


「気にしないで下さい、重くもないですし。それから・・・、わたしのことは呼び捨てで呼んでほしいのですが」


「わ、わかったわ・・・。あ、あのねハイドル・・・、早く降ろしてくれる・・・？」


「俺は別にずっとこのままでもいいと思うけど。絵になるし」


「そ、そういう問題じゃないよリグ・・・。ライム恥ずかしがってるし・・・」





　エルファはバースの上からどくとリグを嗜めた。
先程からショックを受けてうなだれているバースと、意味不明なことを言い出すリグ。
普段ならばさっさとツッコミを入れるはずのライムも頬を紅く染め俯いたままだし、とてもじゃないが手に負えない。
危機的状況収拾能力の乏しさに空しくなりながら、エルファはバースを助け起こした。
ふと、彼が倒れていた場所がきらりと輝いた。
ほとんど見逃してしまいそうな微かな光だったが、エルファはなぜだかそれに見入っていた。
きっと何か大層なお宝に思いバースの服を引っ張る。





「どうかしたのか、エルファ」


「バース、あれ見て。・・・何かあそこにあるよね？」





　バースはエルファが指差した先を見つめた。
言われてみれば確かに何かが埋まっている。
触れてみたくてたまらないが、同時に恐れも感じるそれにバースは心当たりがあった。
王が魔物であるということを証明するための鏡である。




「バース、なんでだろ・・・。私、あれを見るのがすごく怖い・・・」


「・・・俺も。・・・ごめん、エルファ」





　バースはラーの鏡にそっと手を伸ばすと、エルファに小さく詫びた。





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