サマンオサ 8
手に入れたラーの鏡を矯めつ眺めつしていたリグは、これのどこが真実を映し出す鏡なのかとぼやいていた。
どの角度から見てもありのままの自分しか映らない。
これでは本物のラーの鏡なのか調べようがなかった。
「こんなんでほんとに正体暴けるのか?」
「大丈夫だよ。だってこの鏡の紋章とか、ラーの鏡と一緒だもん!」
「エルファがそう言うんなら信じるけどさ」
リグは再び鏡に己の姿を移すと、小さく息を吐いた。
鏡の中の自分の後ろのライムとハイドルがいる。
深刻な顔で話しこんでいるようだったが、リグは少し面白くなかった。
ハイドルのことが嫌いなわけではないが、大切な姉のような人を取られたような気持ちだった。
「・・・仲良すぎ」
「なんだヤキモチ妬いてんの、リグ」
ぼそっと呟いたはずの独り言にバースがにやりと笑った。
リグはバースをちらりと見て、再び視線をライムたちに戻した。
「いつの間に仲良くなったよな、あの2人」
「まぁ美男美女だし年頃だし、いんじゃね?」
「いいって何が」
どこまでもピンとこないリグの反応にバースは眉を潜めた。
勘が鋭いって昔言ってた気がするし現にそうだと思っているが、恋愛方面においては役に立たないのだろうか。
自分だってあんなに可愛らしい彼女を持っているくせに、朴念仁だったらフィルがかわいそうではないか。
バースはリグの耳元に口を寄せると密やかに告げた。
「ハイドルとライム、きっとくっつくと思う」
「・・・は? お前ライムを誰だと思ってんだ。ライムは自分よりも強い男にした興味ないんだぞ」
「ハイドル強いし、実際ライムを押し倒してるじゃん。俺はいいと思うけどなぁ。相手は勇者の息子だし」
リグは信じられなかった。
あの、アリアハンで数多の男たちの求愛を拒絶し剣の道一筋を歩んできたライムが恋。
ハイドルが好きなのかと今すぐ尋ねたかった。
もしもライムとハイドルが付き合うことになったらどうしよう。
彼女がハイドルの強さに惚れ込んででますます強さに磨きをかけるのは大歓迎だが、惚気出したら大いに困ってしまう。
ライムは今のさばさばしたままのライムがいい。
恋にうつつを抜かしたライムなどライムではない。
「ま、だからどうなるってわけでもないと思うけど」
「どうかなったら困るだろうが」
リグはバースにラーの鏡を押し付けると、城が臨める窓へと近づいた。
鏡を乱暴に押し付けられたバースだったが、曇りひとつない鏡に映る自分を見て苦笑する。
「・・・紛うことなきラーの鏡だよ、こりゃ・・・」
もしやという期待はあった。
ラーの鏡すら欺けるのではないかと、己の力を過信していた。
神が創りたもう神器を甘く見すぎていた。
たとえどんなに誤魔化し偽っても、それは真実には程遠い紛い物なのだ。
偽りが暴かれなかったのは幸運としか言いようがない。
決して許されることではないのに猶予を与えられたのは神の気まぐれか、あるいは贖罪のためか。
おそらくは後者だろうとバースは思った。
すべては己が犯した過ちを償うためなのだ。
罪なき善良な少女を巻き込んでしまったことを咎め続ける罪を与えるためだろう。
過去を後悔してはいない。
後悔してはいけないし、することは彼女に対して無責任なことだった。
いつの日か、ラーの鏡を使わずともすべての真実が明らかになって嫌われ蔑まれる日も来るはずだ。
その時は定めを甘んじて受けるつもりだった。
もうどこにも逃げないと決めていた。
「あ、バース・・・・・・。あんまりその鏡見ない方がいいかも・・・」
「なんで?」
「上手くは言えないけど・・・、なんだか怖くならない?」
「怖いって、鏡に映る自分が?」
エルファは小さく頷くと、ちょこんとバースの隣に腰かけた。
バースは鏡を裏にして伏せ、さらにその上に布をかけるとエルファの方を向いた。
「・・・ほら、ジパングでオロチと戦った時に私言われたでしょ。『死にぞこないの亡霊』って。
私、思い出してない昔に死にかけたことがあったのかな」
そんなこと言っていたなぁとバースはジパングでの出来事を思い出した。
さすがは人に化けて人を殺すという小賢しいことをやってのけたオロチである。
あの時はエルファに対してだけではなく、自分とリグにも余計な事を言っていた気がする。
忌まわしい血だったか臭う血が気に入らないだとか、本当に下らないことを言い遺してくれたものだ。
あれがろくなことを言わなければその後自分が挙動不審に陥ったり、今こうしてエルファが悩み怯えることもなかったというのに。
「ねぇ、バースはなにか心当たりある? 思い出すかもしれないからヒントくれない?」
「ヒントねぇ・・・。・・・って、そんなおっかないことあってもなくても言うわけないじゃん」
「バースは知ってるの? 知らないの?」
いつになくしつこく尋ねてくるエルファにバースは困ったような笑みを向けた。
こればっかりは言うわけにはいかない。
そんなこと教えてどうするというのだ。
今はまだその時ではないというのに。
「あのなエルファ、仮にエルファが死にかけてたとして俺が黙って見過ごすと思う?」
「う・・・・・・・。ない、かな?」
「そこ悩むな。見捨てるわけないじゃん、そんなんあったら俺エルファの盾になってるって」
「た、盾は無茶だよ!」
無茶なことしないでと言って両手をぎゅっと握ってきたエルファは、はっと気づくと頬を赤らめて手を離した。
ずっとこのままで良かったのにとおどけて言うと、からかっちゃ駄目と睨まれる。
バースは死にぞこないフレーズの恐怖から逃れたらしいエルファの目をじっと見つめて言った。
「いつかも言ったかもしれないけど。
たとえエルファがどんな危ない目に遭ったりどことも知れない場所に連れてかれたりしても、俺は絶対にエルファを助けるし迎えに行く。
・・・だから、死にかけたとか死にぞこないとか言わないでくれよ、な?」
「バース・・・・・・。・・・うん、そうだよね、バースは絶対に私と一緒にいるよね。昔からずーっと私たち一緒にいたもんね!」
一緒にいたって思い出すだけですごく嬉しいの。
エルファは小声で囁くと、恥ずかしさからふいとバースから目を逸らした。
言い逃げされたがバースも充分に恥ずかしいし嬉しく思っていた。
感動と喜びで言葉が出ないくらいだ。
「・・・とてつもなく深く想い合っているのですね、バースとエルファは」
少し離れたところでライムと話し込んでいたハイドルが、2人の様子を見てぽつりと漏らした。
「でしょう? エルファは記憶喪失なんだけど、昔もバースと一緒にいたんですって」
「昔、か・・・。確かに、2人は随分と長い間離れ離れになっていたように見えます」
「いろいろあるみたいなの、あの2人には」
いろいろか、と呟くとハイドルは視線をライムに戻した。
いろいろあるのは貴女も同じだろうと問うべきなのかそうでないのか。
1人で悩み悲しむのはやめてと言ってくれた彼女だからこそ、力になりたかった。
サマンオサの窮状を救ってくれたその後も、エルファを守り続けるバースのように。
「・・・ライム、わたしも貴女をずっと見守っていきたい」
「え・・・・・・?」
突如として告げられた言葉に、ライムはじっとハイドルを見つめた。
back・
next
長編小説に戻る