サマンオサ 9
今まで守るということは何度もしてきたが、守ってもらったことはほとんどなかった。
守りたいと言われたことだって当然ない。
それもそのはずだった。
自分は剣を撮って戦う戦士であり、姫君や魔法使いのように非力な存在ではないのだ。
「貴女は充分に強い。だから、私の助けは要らないと言うかもしれない」
「違う・・・。私、今までそんなこと言われたことがなくって」
同じ剣を振るう者に守らせてくれと言うのは失礼かもしれないとハイドルは目を伏せた。
そんなことはないとライムは叫びたかった。
言い出せないのは、予期しなかった言葉に戸惑っていたからだった。
「ライム・・・、貴女はなぜ、リグやエルファたちのことで引け目を感じているのですか?」
ハイドルの言葉にライムの肩がぴくりと震えた。
引け目というか、申し訳なさのようなものを感じたことがないと言えば嘘になる。
いろいろと謎や因縁を持つ彼らに、果たして自分は役に立っているのだろうか。
リグのように妙に勘が鋭かったり、バースやエルファのように不思議な力を持ってもいない。
何やらバラモスとはまた別に壮大なものに挑んでいる3人に、自分は何をしてやれるのか。
ただ剣を振るうだけで何かが変わるというのか。
ライムの心はいつの間にか不安で溢れていた。
しかしそれを表に出したつもりはなかったし、まさか出会って間もないハイドルに見破られるとは思ってもみなかった。
「・・・どうしてわかったのかしらね。顔に出したりした覚えはないんだけど」
「2人で城の兵の手から逃れた時に見た貴女の表情で。リグたちの話をしている時、ほんの少し悲しげにしていた」
「よく見てるのね」
ライムは苦笑すると腰を上げた。
なんとなく、リグたちがいるこの部屋から抜け出したくなった。
ハイドルはライムを別の部屋に導くと、そっとドアを閉めた。
「・・・リグやエルファ、まぁバースもだけど、みんなってちょっと変わってるでしょ?」
「・・・少しだけ。けれども、本当にわずかなものだ」
「魔物と戦うことに関しては、そこそこに自信あるの。でも、エルファの記憶とかオーブとか、そういうことになった時、私は何も手助けできないの」
「そんなことはないと思う」
「ハイドルは私を買い被りすぎてる。
・・・昔ダーマ神殿が襲われたんだけど、その時バースは訳わかんない結界作ってエルファを賢者にさせた。
オーブを探しにどこかに出かけた時には、リグが恐ろしいくらいに強力な呪文みたいなのを唱えてた。
でも私は何もできないの、特別なことは何ひとつ」
ライムは自分の両手を見下ろした。
基本的に剣が好きだが、性能重視で格好を気にせずに斧を振り回したこともあった。
変態から逃げるために新調したばかりの盾を投げつけたこともあった。
しかし、それだけなのだ。
それらの行為が本当に彼らの力となっているのかわからないのだ。
戦うための存在ならば自分でなくても、例えば目の前にいるハイドルでもできるのではないか。
ライムは己の存在意義に疑問を感じていた。
本当は、もっと強い人を仲間にした方が効率がいいに決まっている。
「・・・私は確かにリグたちのことも、もちろん貴女のこともよくは知らない。
けれども、それほど悲観する必要はないと言いたい」
「どうして? 強い人ならたくさんいるじゃない。ハイドルだって私よりも強い」
「リグたちは強者を求めているのではなくて、貴女そのものを求めている。断言してもいい」
「やめて。気休めを言わないで」
ライムはぴしゃりと言い放った。
その行為そのものが見守りたくなる所以なのだとは、ハイドルは言えなかった。
「・・・いずれにしても、サマンオサ王との戦いでわかるはず。
私はライム、貴女が弱いからではなく、貴女が貴女だから見守りたいと思ったのだ」
「・・・・・・」
あの忌まわしい魔物さえ倒せば、ライムもわかってくれるはず。
幼い頃に父を奪い、人々の心を闇に染めてしまう魔物にハイドルは静かに怒りの炎を燃やしたのだった。
リグは懐に忍ばせたラーの鏡にそっと手を伸ばした。
この何の変哲もないと思われる鏡がサマンオサの行く末を変えるのだ。
「緊張しているの、リグ」
「ライムはしないわけ? 今から戦う奴は人に成りすまして悪事を働くような奴だし、ずる賢かったら面倒じゃん」
「オロチほど小賢しくはないと思うけど」
「あ、それ俺も思った」
ライムの意見にバースも手を上げた。
確かに、王に成り代わって政を操る行為はいくらか知能がある証拠だ。
しかし、詰めが甘かった。
初めてリグたちを捕らえた時、勇者と見抜けずに牢にぶち込んだことでそれは明白となった。
たとえその場にハイドルがいなくても、オロチのように賢い魔物であれば生ぬるいことなしに即行処刑していただろう。
「戦う場所が場所だから、そこがちょっと心配ね」
「あー・・・、なんかこの城脆そうだもんな」
「床が抜けたりして。補修費用請求されたらどうするよ」
城内まで下らない会話をしながら歩く。
いつぞや捕縛した旅人たちが再び姿を現したことに巡回していた兵が気付く。
大声を上げようと兵が口を開く直前、音もなく兵に近づいたハイドルが手刀で気絶させる。
「兵に気付かれたら余計な被害を出しかねない。このまま突破するのが最善の策だと」
「了解。玉座まで突っ走るぞ、エルファ、ピオリム!」
「はい!!」
リグたちの足取りが軽くなり、追尾の兵たちとぐんぐん距離を開けていく。
迷子にもならずに王の前にたどり着くと、リグはラーの鏡に王の姿を映し出した。
「貴様! その鏡をどこで・・・!」
「ラーの鏡よ、お前が真実を映し出すというのならば俺たちを助けてくれ。虚構を暴きだしてくれ!」
ラーの鏡がひときわ眩しく輝いた。
バースがとっさにエルファの体を庇った直後、部屋中がまばゆい光に包まれた。
ぐわぁと汚い声が聞こえ、光が鎮まる。
王がいた場所に立っていたのは、天井に届くかと思われるくらいに大きなトロルだった。
「貴様ら・・・、いつの間にこの国に忍び込んだ・・・!!」
「残念、俺たちこないだあんたに会ったばっかり」
リグはトロルの問いに答えると同時に切りかかった。
本当に床が抜けてしまうのではないかと思うほどの巨体だ。
まともに攻撃してもかすり傷程度にしかならない。
リグは後方支援組を目の端で捕らえた。
スクルトだろうか、熱心に呪文を詠唱しているエルファと、同じく何やら唱えているバースがいた。
バースが舌打ちしたので、トロルに何か唱えようとして効かなかったのだろう。
できればバイキルトも唱えてほしいと思いつつ、リグは再び跳躍した。
次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
何だと思い状況を察知した直後、リグは床に激しく叩きつけられた。
「リグっ!!」
エルファの悲鳴が上がる。
守備力を上げていたためいくらかダメージを吸収してくれたが、それでも体が動かなかった。
「エルファ、私が引きつけてる間にリグを!! バースは私たちの援護して!」
「その準備はできてるよ・・・っ、バイキルト!」
ライムはトロルの前に躍り出た。
奴の破壊力は先程リグが受けた攻撃でよくわかった。
あれをまともに喰らったら、命が幾つあっても足りない。
知能が少ない分、頭の中まで筋肉でできているのだろう。
「そんな細腕で俺様を倒せると思っているのか!?」
「見くびってもらっちゃ困るんだけど」
ライムは力いっぱい剣を振り下ろした。
バイキルトのおかげでトロルにもそれなりに傷をつけることができる。
それに図体が大きいので、動きもある程度は読むことができる。
「小娘風情が舐めた真似をしてくれる!」
トロルが突然足踏みを始めた。
部屋全体が大きく揺れ、天井からぱらぱらと石が落ちてくる。
地震のように大揺れする床に、ライムは思わず体勢を崩した。
自らが引き起こした現象である。
トロルがライムの隙を見逃すはずがなかった。
「あっ!!」
「ライム!!」
ハイドルの手が空を切った。
彼が手を伸ばした先には、トロルの太い腕に髪を掴まれ宙吊りになっているライムがいた。
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