時と翼と英雄たち

スー    2




 リグとフィルは真剣な顔をして向かい合っていた。
この2人が喧嘩を挟まずに向き合うことは、ひどく珍しい。
リグの真っ黒な、ちょっぴり鋭い瞳がフィルを見据えた。
とてもじゃないが、絶賛ラブラブ中の間柄とは思えない。






「・・・後悔は、ないのな?」


「うん。
 ・・・私、足手まといにならないように頑張る。」


「別にいいよ、戦力とは思ってないし。
 でも・・・、無茶はしないって約束してくれ。」


「・・・うん。」







 フィルがいつになく神妙な面持ちで頷くと、ようやくリグは頬を緩めた。
彼女を旅に連れて行きたくない気持ちは山々だったが、連れて行かざるを得なかったのだ。
それは、先にフィルと言葉を交わしたエルファに聞かずともわかったぐらいに。
フィルと面会したのはリグが最後だったが、彼の前にフィルと語らったライムも、




「一緒に行くしかないみたい。
 というかあの子を今は見守ることしかできないんだと思う。」




とリグに告げていた。
残るは愛娘を送り出す父親を説得するだけだ。
彼の相手はリグしかいないし、もとよりリグもそのつもりだった。
遅かれ早かれ娘さんを俺に下さいと言うつもりだ。
今回はその予行演習だと思えばいい。








「さて、と・・・。
 お前との話はもういいや。
 後はおじさんに了解もらって、陛下から渡航許可証もらって・・・。
 あぁ、許可証の方はライムに頼もう、面倒だし。」



「リグ・・・、ありがとう。」


「何を今更。
 いいんじゃないか?
 他の国の店を見て参考にしても。
 ぼったくりの店とかもあったぞ。」


「やだ、なにそれ。」






 くすくすと笑うフィルを見て、リグは淡く微笑んだ。
決めてしまったことだ。
あれこれ考えていても始まらないし、時間は考え、立ち止まる隙を与えてはくれない。
だったら進むしかないじゃないか、とリグは小さく独り言を呟いた。



















v リグは目の前の巨体を見つめていた。
巨体とは、福々しく体格のよろしいフィルの父親である。
優しく人当たりの良い彼は、宿泊客からも親父さんと親しまれている。
もっとも、鎖国中のアリアハンに訪れる者など、ほとんどいないのだが。








 「・・・リグ、いくらお前さんやライムがいても、フィルは戦いの使い物にはならんぞ?」


「別に戦闘に出そうだなんて思ってもないですし。
 大体出したところで足手まといだし。」


「足手まといなら尚更旅に出さずに、ここにいた方がいいんじゃ・・・。」


「俺たちは、フィルを連れて行くことを決めたんです。
 だから俺たちの心配はしなくても大丈夫です。」






 主人の心配を余所に淡々と話を進めるリグ。
人見知りが激しい彼だが、長年親しんでいる相手に対しては負けない。
これもフィルと際限なく繰り広げられた口喧嘩の賜物だ。





「外の世界になんぞ出したら、ますますおてんばぶりに磨きがかかって、ますます嫁の貰い手が・・・。」


「そんなことないですよ。
 世の中いろんな考えの人いますし、勇ましい子が好きな奴だっていますよ。
 というか、そんな心配する必要ないから。」


「おぉそうだったな。
 何かあればリグに貰ってもらえばいい。
 ・・・あの子は本当に世間知らずなんだ。
 ・・・よろしく頼んだよ。」






 そう言うと主人はリグに向かって深々と頭を下げた。
さすがに慌てるリグ。
別にそこまで頭を下げなくとも、こっちだってVIP待遇などするつもりはないのだ。





「おじさんやめてください。
 いやもうほんとに、勘弁してください。」




 人とのコミュニケーション能力には、やはりあまり長けていなかったリグだった。





















 出発の日がやって来た。
ルーラと一緒にもれなくついてきた船に乗り込む。
といってもアリアハンから大海原へ漕ぎ出すつもりなどさらさらなく、このままの状態でジパング辺りまでルーラで飛ぶつもりだ。





「なんか、実際に中に入るとおっきな船だね・・・。」


「『座礁1号』っていうの。」


「え、座礁・・・?
 なんでまたそんな不吉な名前をつけたのよ。」


「名付け親はバース。
 ったく、もっとマシな名前つければ良かったのに。」





 今ここにバースがいないので、水を得た魚のように彼の悪口をすかさず言うリグ。
本人を前にして言ってみようものなら、間違いなく呪文でこき使われる。






「リグはバースのこと大好きなのね。」


「なんだよいきなり気持ち悪い。
 あいつには何度こき使われたことか・・・。」





 リグの言い様に苦笑したフィルだったが、でも、と呟いた。





「でも、あれだけつっけんどんで一匹狼、友達作りもむちゃくちゃ下手だったリグが、バースみたいに性格正反対の友達作ったんだもん。
 人間旅で変わるものね。」



「おい、それは俺に対する悪口か?
 ・・・でも、そうかもな。
 バースみたいな不可思議な奴でも、役には立つからな。」


「うわ、照れてるー。」






 からかい口調で言い、ケラケラとリグを指差して笑うフィルには、さすがの彼もブチッと切れてしまう。
先程のフィルの容赦ないリグ批判の言葉にもイライラが溜まっていたようだ。
それに元々リグとフィルは、喧嘩仲間から発展した仲だ。
言い争いならいくらだって続けられるというものだ。
いつものごとくマシンガントークでも喧嘩を始めた2人を、ライムとエルファはやや冷めた目で見つめていた。
これが毎日続くのは、とてつもなく嫌だ。






「私・・・、リグの代わりにルーラするね。」


「悪いわね、手伝えなくて。」


「ううんいいの。
 ・・・たまには、ね。」





 エルファの身体から発せられた青白い光は、きわめて穏やかに船ごとジパングへ運んだのだった。





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