スー 1
久しぶりに再会した幼なじみで恋人でもある彼女は、より一層たくましくなっていた。
そしていささか、わがままにもなっていた。
リグにはそう思えてならなかった。
ひっそりと帰ってきた彼らを満面の笑みで出迎えたフィルは、その笑顔を保ったまま
『私も今度は一緒について行くからね!』と宣言したのだ。
和やかな再会のシーンが彼女の爆弾発言で凍りついたのは言うまでもない。
とりあえずフィルを家に帰したリグは、急に3倍ぐらい疲れきった顔で母リゼルに問いかけた。
「なんでフィルはいきなりあんなことを言い出したのか、心当たりある?」
「宿屋のご主人・・・、お父様とものすごい大喧嘩があったのよ。」
「へぇ・・・、あの優しいおじさんと。」
リグは窓から宿屋を眺めた。
今夜はフィルたっての希望でエルファが泊まっている。
彼女が半ば強引にエルファを連れ去ったと言ってもそこに大きな間違いはない。
ちなみにライムもレーベに帰っている。
「私もご主人から聞いただけなんだけど、フィルが急に外の世界に行かなくっちゃって、うわ言みたいに言ったんですって。
初めは冗談だろうって思っていたらしいんだけど、どんなに言い聞かせてもフィルは行かなきゃいけないって譲らなかったそうよ。」
一度言い出したら滅多に自分の主張を曲げることのないフィルのことだ。
きっとまたいつものそんな悪い癖が出たのだろうと思いたかった。
けれども、リグは心に妙な違和感を感じた。
彼女を旅に連れて行かない、というか連れて行きたくないという旨は、初めて旅に出る時しっかりと彼女に説いたのだ。
それであの日以来、フィルは帰ってきたリグたちに無茶は言わなかった。
そうだったのに、今になって旅について行きたいと言い出している。
しかも、何の前触れもなくいきなりのことだという。
「リグ、一度フィルとまともに話した方がいいと母さんは思うわ。
そうでないと、フィルのことだから国外出奔とか法に触れるようなことをしそうだわ。」
「俺もそう思う。
明日にでもあいつと話してみる。
・・・いつまでもエルファに相手させてちゃ悪いし。」
フィルの性格についてはかなり詳しいエルファだ。
人間観察の目も良いので、フィルにちょっとでも異変があればすぐにでも自分に報せてくるだろう。
リグは、エルファの感覚を信用していた。
リゼルにおやすみの挨拶を言い、自分のベッドに突っ伏した。
今でもフィルを旅に同行させたいとは、これっぽちも思っていない。
いつも一緒にいたいとは思うが、危険な旅の中でまで共にいようとは考えたことがなかった。
すべてが終われば、ずっと一緒に過ごすことができるのだ。
だからリグは、それまでフィルを必要以上の危険に晒したくなかった。
「俺の気持ちもわかって言ってるんだろ・・・、フィル・・・・・・。」
リグは、痛む頭をそのままに眠りの世界へと意識を飛ばしていった。
エルファは、延々とフィルの話を聞かされていた。
リグたちがいない間に、自分がどれだけ成長したのか、商人としての才能を伸ばしたか。
エルファは口を挟むことなく、静かにフィルの話を聞いていた。
聞いているうちに、ふと気になることがあった。
初めは疑惑だったのだが、時が経つうちにそれは確信へと変わった。
フィルは、自分の成長過程の中に、なぜ外の世界へ出たいのかという願望の根拠を探しているようだった。
自分が発した主張のはずなのに、その理由が見つかっていないのだ。
まるで導かれるかのように、外へ行かなくてはと口走っているかのようだった。
いや、そうに違いないとエルファは思った。
この世界には、言葉では説明できない不思議な力が働いているということは、身をもって知っている。
フィルも、見えない力によって衝き動かされているのだ。
そしてそれは、決して逃れることができない。
周囲が無理に抑え込もうとすると、空を飛んででも成し遂げようとするのだろう。
エルファはフィルを介して伝わってくる力に抗する気は起きなかった。
従うしかないのだ。
「フィル、旅ってすごく大変だと思うよ。
魔物もたくさん出るし、気の休まる暇なんて少ししかないの。
それでも、外に出たい?」
「・・・あのねエルファ。
私にもよくわからないの。
そんなこと言ったら怒られそうなんだけど、最近私が私じゃなくなってる気がするの。
気がついたら町の出口のすぐ近くに立ってたりして。
お父さんとの喧嘩も、ほとんど無意識だった。
私、おかしいのよ。」
そう言うと、フィルは枕に顔を埋めた。
本当にわからないのだと、エルファは思った。
そんな自分に怖れすら抱いているのだろう。
エルファはそっとフィルの頭に手を載せた。
あやすように、落ち着かせるように話しかける。
「私も、自分が何者かわからなくて、すごく悩んでた。
今、少しずつ記憶は戻ってきてるけど、それで苦しくなったこともある。
これからのことは、やっぱり考えたら少し怖いよ。
でも、一度決めたことは最後までやり通すべきだと思う。
中途半端だったら、絶対に後悔する。」
フィルは頭を上げ、エルファを見つめた。
エルファはにこりと優しく笑いかけた。
彼女の笑みを見て、フィルもほっとしたように微笑み返した。
ドアノブに手をかけると、いつもどおりの明るい声で言った。
「ありがとうエルファ。
おかげで少し心のもやもやがなくなった気がする。
疲れてるのに遅くまでごめんね。
お代はいらないから。」
「私の方こそ、大事な話を聞かせてくれてありがとう。
おやすみなさい、フィル。」
ばいばい、と手を振って部屋から出たフィルを見送ったエルファは、難しげな顔になった。
フィルを旅に連れて行くことは避けられない。
どんなにリグが嫌がっても、そうなるしかないのだ。
それに彼もライムも、今のフィルを見ればそうせざるを得ないとわかるだろう。
自分とは比べ物にならないくらい、同じ年月を過ごしてきた彼らのことだ。
フィルの様子などすぐにわかるはずだ。
エルファは窓からリグの家を見つめた。
大切な恋人を危険極まりない旅に同行させるその気持ちは、どれほど辛いものだろうか。
恋人が尋常でない運命を背負っていると知ったら、彼はどんな気持ちになるのだろう。
「・・・私だったら、きっと耐えられない。
そんな運命を、呪いたくなる。」
エルファの呟きは、静かなアリアハンの夜の闇に消えていった。
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