スー 4
リグたちが喋る馬と話し込んでいる間、フィルは村の中を散策していた。
たまたま、深いため息をつき丸太に腰掛けている老人が目に入った。
何か困ったことでもあったのだろうかと、フィルは何気なく老人に近づき声をかけた。
「おじいちゃん、どうしたのそんなため息ついちゃって。」
「おぉ旅の方か・・・。
わしの友人がつい先日、この村を出て行ったのじゃ。
自らの手で町を造るなどと申してからに・・・。
海岸の空き地に行くといっておったが、見らんじゃったかのう?」
「・・・ううん、見てない。」
フィルは急にざわめきだした胸に戸惑いを覚えながら、なんとか老人に返事をした。
ほんの少し、新しく町を立ち上げようとする老人のことを聞いただけなのに、どうしてこんなにも気になるのだろうか。
とても他人事とは思えない自分がいた。
フィルは訳がわからなくなった。
どうして、その疑問を最後に、彼女の意識は途切れた。
フィルを突き動かす何かは、彼女の足を村の出口へと向けた。
ふらふらと、導かれるように外へと向かう。
あと1歩で外へ出るという瞬間、フィルの腕を強い力が引き寄せた。
「フィル!? おまっ、どこ行くつもりだよ!」
「・・・・・・・・・。」
「フィル・・・・・・・?」
リグはフィルの瞳を見て言葉を失くした。
ガラス玉の瞳、何を映しても応えてくれない冷たい瞳だった。
いつもの、あの生き生きとした赤目はなくなっていた。
リグは思わずフィルの肩を掴み、がくがくと揺さぶった。
痛いとも、何すんのよとも言わない彼女に、リグはさらに焦った。
「・・・まだフィルを連れてくな!」
リグはそう叫ぶと、フィルの身体を抱きしめた。
リグは、フィルの中にいる彼女を導こうとしている何かに向かって言葉を発していた。
彼の言葉に反応したのか、フィルの身体に加わっていた不可解な力が抜けた。
空虚な瞳が閉じられ、本来の生きた瞳が開く。
フィルは、なぜ自分が公衆の面前で抱きしめられているのかわからなかった。
なんだか、ものすごく恥ずかしい。
フィルは未だに離そうとしないリグの肩を軽く叩いた。
少し会わないうちに、ずいぶんと肩の位置が高くなったものだとしみじみ思う。
「リグ・・・?
どうしたの、こんなとこでいきなり・・・。
かなり恥ずかしいんだけど。」
「・・・1人で、消えないでくれ・・・。」
「何言ってんのよ、もうリグ?」
フィルはリグの頭を思い切り殴りつけた。
ようやく我に帰ったリグはばっと身体を離すと、フィルの瞳をじっと覗き込んだ。
そして安心したかのようにふっと淡く微笑む。
フィルには、リグの笑みがとても悲しみを帯びているように見えた。
その日の夜、フィルとフィルは2人で星空を眺めていた。
アリアハンの夜空とは、見える星がまったく違う。
遠いところまで来てしまったな、とフィルは今更ながら思った。
「ここからアリアハンって遠いの?」
「あぁ。
たぶんここの反対側に、アリアハンがあると思う。」
「反対側?
世界に反対なんてあるの?」
信じられないといった顔で尋ねてくる恋人を見て、リグは苦笑した。
初めてその事実をバースやエルファから聞いたとき、同じ反応を自分もしたはずだ。
地図の両極が繋がっているなど、普通考えられない。
「詳しいことはエルファに聞いてくれ。
俺も上手く説明できないし。」
「いいよ別に。
聞いてもますます訳わかんなくなるだけだろうし。」
だろうな、とリグは言うと再び空を見上げた。
2人の間に沈黙が流れる。
互いに、言いたいことがあった。
けれども切り出せなかった。
言ってしまえば、何かが確実に変わるからだと薄々気付いているからだった。
フィルは迷っていた。
昼間聞いた、村を出て単身町を創ろうとしている老人の話をするべきかを。
ひどく心惹かれた。
行きたい、行ってみたいと思った。
行かなければきっと自分は、後々まで後悔することになるだろうとも思った。
しかしフィルはなかなか言い出せなかった。
フィルは、そっとリグを見つめた。
リグは相変わらず視線を空に向けていた。
ふと、リグの口が開いた。
「今日、フィルの中にいる別の何かを見た。
というか、それと話した。」
「え・・・?」
「訳がわからなくなるだろうから、とりあえず聞け。
・・・行きたい所があるんなら行けばいいと俺は思う。
ある日突然消えるよりも、きちんと別れたいから。」
「別れるって、何のこと・・・?」
「違う、俺はフィルがどうなっても変わらない感情抱くし。
気になることがあるんなら、自分で言ってくれ。
心はもう待っちゃくれない。」
リグはようやくフィルを見つめた。
思いの外、優しい顔をしていた。
フィルはきゅっと胸の前で拳を作った。
チャンスを与えてくれた。
今言わねば、本当におかしくなりそうだった。
それに、言ってしまえば最近の胸騒ぎもなくなるような気がした。
「おじいちゃんが、新しく町を創るためにこの村を出たの。
その話聞いて、私ものすごく行きたくなった。
町づくりなんてもちろんやったことないけど、でもやりたいの。」
許してくれる? とフィルは呟いた。
リグはまた微笑むと、フィルの頭をぽんぽんと叩いた。
「大変よく言えましたってか?
許すも許さないも、フィルの人生だからどうこう言うか。
おじさんには適当に言っとくから心配すんな。」
「ありがとう・・・。
私頑張るね、そして素敵な町を創る。」
別れと旅立ちの先にあるのは、光か闇か。
フィルはどちらでも構わないと思っていた。
翌日、朝食の席でライムとエルファが固まっていた。
原因はリグの言葉足らずな発言のせいだ。
「俺、フィルと別れることにしたから。」
「はい!?」
エルファは思わずナイフとフォークを皿の上に落とした。
そしてリグとフィル、隣同士に座っている2人を交互に見やる。
フィルはにこにこしながらおかずを口に入れているし、リグも至って平静だ。
エルファはえ、え、と言いながらライムに助けを求めた。
「・・・ちょっと、詳しく聞かせなさい。
何をしでかしたのリグ。」
「何もしないよ。
フィルが、この川下った辺りにいる老人と一緒に町を創りたいって言ったんだ。
だから、じゃあ俺らとの旅はそこで別れるって話。」
「え、フィル町を創るの?
すごいね、頑張ってね。」
「うん、ありがとうエルファ!」
何のツッコミと驚きもなく、単純にフィルを励ますエルファ。
まぁ、もう決まったことだし、リグが行けって言ったんならいいかと、ライムも理由を聞いただけで納得する。
意外なあっけなさに、リグの方が少し驚いたくらいだ。
出航の準備をすべく船に戻ると、フィルは舳先にいるリグの元へとやって来た。
到着まで時間はもうないはずである。
こんな所で油を売ってていいのか、と説教しようとリグが振り向こうとした時、彼は頬に柔らかなものが触れるのを感じた。
顔と顔がくっつきそうなほどの位置に、フィルがいる。
その顔は、いたずらを成功した時のように輝いていた。
「勇者の不意を衝いちゃった。」
「・・・ばーか。」
リグは半歩足を踏み出した。
そして、掠めるようにフィルの唇を奪う。
「・・・いつでも、見守ってるからな。」
「・・・うん。」
フィルを降ろした船は、再び大海原へと当てもなく漕ぎ出していくのだった。
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