時と翼と英雄たち

スー    5




 リグとエルファは地図を挟んでにらめっこしていた。
喧嘩をしているわけではない。
むしろ、額を突き合わせていかにも仲良さげである。





「最後の鍵の手がかりはないし・・・。
 アリアハンの隣にあるランシールに行ってみねぇ?
 俺の第六感がそこって言ってる気が・・・。」


「うーん・・・、でもこのまま船を東に走らせてたら、エジンベアって国に着くよ?
 それに、リグの第六感って信じていいのかな・・・?」





 エルファはじとっとした目でリグを見つめた。
かわきの壷の行方がまったくわからないから、まとまる話もまとまりにくくなるのだ。
2人の様子を見たライムが、船を停泊させた。
腰に手を当てながら、呆れた顔をしてやってくる。





「行き先を決めないと、これ以上は進めないわ。
 とりあえず、気分転換でもしましょう。」




ライムは地図をくるくると丸め、袋に突っ込んだ。
そして、食料庫から水とパンを持ってくる。
そういえば、もう昼食どきだった。





























 銀色の髪が陽の光に照らされ輝く。
太陽に向かって右手をぐっと突き出し、バースは暖かな光をその水色の瞳に映した。





「・・・太陽神、貴公のお恵みに感謝いたします。
 ・・・願わくばこの地の永遠の光を与えたもう・・・。」




 祈りを捧げ終えた彼は、その場に立ったまま左手の中にある杖を握り締めた。
生きた人間の血を欲した魔物が彼を背後から襲おうとした。まさにその時、バースは右手を杖の先の玉の部分に近づけた。
大地に生い茂る草をも吹き飛ばす勢いで、熱気がこもった風が彼の耳元を掠めた。
近くの丘が崩れるのではないかというほどに、巨大な爆発が起こる。
魔物の姿は微塵も残っていない。
吹き飛んだのか、粉々になったのか、どうでもよかった。
バースは杖をしげしげと眺めた。






「さっすが雷の杖。呪文も威力も半端じゃないってか?
 ・・・それとも、単に俺の魔力が戻ってきてるのか?」





額のサークレットにはめ込まれた碧色の玉石にそっと触れる。
仄かにぬくもりがあった。
それでも、以前に比べるとかなり復活していた。
完全に戻るのはバラモス戦ぐらいか、そう思うと、自然と口元に皮肉な笑いを浮かべていた。





「・・・これはエルファへの土産にするか。
 そろそろ戻らないと、あいつら寂しがるからな。」





 バースの身体が青白い光に包まれた。
光が宙へと飛び立つ直前、にやりと笑って青い草を口に含む。
光は、海上にぽつんと浮かぶ船の元へと飛んでいった。



























 エルファはぱっと後ろを振り向いた。
誰か、いや、バースがすぐ近くにいるような気がしたのだ。
しかし、彼女の目に彼は映らなかった。






「どうしたんだ、エルファ。」


「なんか今、バースがいたような気がしたの。
 気のせいかな?」


「バースが? どこにもいないじゃんか。」





 エルファは小首を傾げると、再びパンを食べ始めた。
と、ライムがエルファの顔を見てくすりと笑った。




「エルファ、口元にパンのくずがついてる。」


「え、どこ?」




 ほんのり頬を赤らめたエルファは、慌てて自分の口元に手をやった。
しかし、それでもまだ取れない。
リグは苦笑すると、エルファの口元に手を伸ばした。
リグの指がエルファの唇に触れる寸前、彼の頭にとんでもない衝撃が走った。
とても硬いもので殴られた気がする。
リグは思わず頭を抱えた。
頭がくらくら、いや、ふらふらする。
一体何がどうしたというのだ。





「リグ、どうしたの?」


「今、何かに後頭部殴られた。」


「幽霊とかじゃないの?」




リグはエルファがヒャドで作り出した氷を頭に当てながら、不機嫌そうに言った。




「違う。・・・幽霊ならもう見えてるはずだし。
 魔物でもないし・・・。」





 リグは新しいパンを手に取ろうとした。
すると、いきなりパンが消えた。
これにはライムとエルファもぎょっとする。
この船に、おかしな物体がいる。
リグはすかさず手を左側に払った。
ぽす、と何かに当たった。





「うお、当たった。」


「その声・・・、お前バースだな!?」




バースはにやっと笑うと2メートルほど飛び退った。
彼の姿はリグたちには見えていないのだから、笑みなんぞわかるはずがない。




「「バース!?」」




 リグはゆらりと立ち上がった。
すっと目を閉じる。
再び目を開けると、彼は前方2メートル先でにやけているバースの方をぎろっと睨みつけた。




「新しい呪文か?
 さっき殴ったのもお前だろうが。」


「あれ、見えてるわけ?」




 バースはライムとエルファを見やった。
しかし彼女たちは相変わらずきょろきょろしている。
どうやら見えているのは、人一倍感覚が鋭いリグだけのようだ。




「俺だってぼんやりとしか見えてない。
 ・・・どうしてまともに帰れないんだ?」


「いいじゃん、こっちの方が盛り上がるだろ?
 実際お前の後頭部も少し膨れてるな。
 大丈夫、この効力なんかすぐに切れるし。」


「俺の頭の痛みは消えないって知ってるか?」





 バースはリグの言葉を無視して、すたすたと歩き出した。
そして、エルファの前で立ち止まる。
消え去り草の効力が薄れていき、徐々に輪郭がはっきりとしてきた。





「エルファ、ただいま。」




 エルファは目を見開いた。
会いたいと思っていた人が、目の前にいた。





backnext

長編小説に戻る