時と翼と英雄たち

スー    6




 エルファは懐かしく目にする青年を見て、その水色の瞳にうっすらと涙を浮かべた。





「良かった・・・、帰ってきてくれて。」


「エルファ放っていなくなるわけないだろ?
 リグじゃどうも心許ないし。
 ・・・心配かけてごめん。」





 ふるふると首を横に振るエルファを見て、バースは淡く笑った。
そして思い出したかのように、左手の雷の杖を彼女に手渡す。
これは? と首を傾げたエルファにはお土産だと言っておく。




「雷の杖って言って、魔力を増幅させてくれるんだ。
 雷だけど雷撃じゃなくて炎が出るから勘違いしないようにな。」


「こんな高価なものもらっていいの?」


「年季入ってるから高価じゃないよ。」





杖で年季が入ってるやつって、新品よりも高価じゃないのかなと思いつつ、エルファはありがとうと言って笑顔を見せた。






「バース、俺とライムにお土産は?」


「あー、はいこれ。」





 リグの催促に、バースはほいっと青い草の束を投げた。
慌てて受け取ったリグだが、土産の正体が何の変哲もない草だとわかると、途端に嫌な顔をする。




「なんでエルファには杖で俺らには草なんだよ。」


「愛情の差、とか。」


「露骨過ぎるんだよお前の愛情表現は。」





 飄々としてリグの怒りを煽っているバースだったが、正直なところ彼の方が憤慨したかった。
せっかく人が何の用もないのにその草を買うためだけにルーラを費やしたっていうのに、ねぎらいの言葉1つないのはどういうことだ。
いったいどんな教育を受けてきたんだこの勇者は。
そう毒づいてみるが、ここは年長者の余裕をエルファに見せるために、大人っぽく説明してやろうと考え直す。




「あのな、言っとくけどこれは「リグ! それ消え去り草だよ。」

「「消え去り草?」」





 エルファの言葉にリグとライムが同時に聞き返し、バースが口を噤んだ。
ライムはリグの手から草を一束もらうと、まじまじと眺めてみた。
普通の草よりもちょっぴり青みがかってはいるが、匂いもやはり同じだ。
ただ、見たことがない種ではあった。
アリアハンでは植生していないのだろう。





「それを食べると、一定時間の間透明人間になるの。
 すっごく珍しい草で、限られた地域でしか見つからない貴重なものなんだよ。」


「じゃあバースはわざわざ消え去り草を持ってきてくれたってこと?」


「うんそう!」






 バースが船に戻ってきても姿が見えなかったのは、この草を食べてたからなんだよね、と尋ねたエルファにバースは当たり、と言って頷いた。




「・・・リグにはバレてたけどな。」


「だから俺にもぼんやりとしかしかわかんなかったって。」


「リグみたいに勘のおかしな子は滅多にいないから、やっぱりすごいと思うわ、これ。」





ライムはそう言うと、リグの手から残りの消え去り草を引ったくり、船室へと体を向けた。




「干からびちゃいけないから室内に入れてていいのよね。
 それよりも、次にどこに行けばいいのか考えといて。」


「なに、まだ行き先決まってないわけ?
 このままエジンベアに行きゃいいじゃん。
 ほんとに俺がいないとリグは何にもできないんだな。」


「でもリグの第六感がランシールって叫んでるらしくて、それで揉めてたの。」





 バースはちらりとリグを見やった。
なんだよ、と睨み返すリグ。
するとバースはにやりと笑い、すごいなお前の第六感は、と呟いた。
何のことかさっぱりわからないリグとエルファは顔を見合わせている。






 「俺が消え去り草を買ったのランシールって言ったら、お前ら驚く?」


「「・・・・。」」





 リグとエルファが無言で固まった。
なんというか、すごさを超えて恐ろしいことになっている。
どこまで勘がおかしければいいのだろうと、エルファは感心と怖れ半分でリグを見つめていた。





「・・・じゃあもうランシールに用はないってことか?


「そういうこと。
 おーいライム、このままエジンベアに行ってくれー。」






 バースが大声を上げると、操舵室の方からわかった、と叫び返すライムの声がした。
数秒後、船がゆっくりと動き出す。
時折現れる魔物を3人で撃退しては休息しと、かなりゆったりとした船旅を送る。






 「なぁエルファ、消え去り草ってどこで使うんだろうな。」


「うーん・・・。
 でも透明人間になるのってなんだか楽しそう。」


「悪戯し放題だしな。」





 いつの間に購入したのか、スー民族の伝統工芸品である木のベンチに腰掛け、仲良く談笑しているリグとエルファ。
バースはふと、そのベンチを買うほどの経済的余裕が自分たちにあったのかと不安になった。
自称パーティーの財布役である自分がいない間に、その肝心の財布の中身が素寒貧になっていては、泣くにも泣けない。





「・・おい、そのベンチ、買ったのか?」


「うん。フィルつれて、あ、今は町づくり頑張ってるんだけどね、彼女連れて旅してたらお金が妙に貯まっちゃって。」


「盗賊時代に薬草やら毒消し草ばっかり盗んでたお前より実入りが良かったぞ。
 さすがはフィル、抜け目がない。」





 結婚生活も円満だねリグ! とまばゆいばかりの笑顔で言うエルファと、でも小遣いあんまりもらえなさそうだとぼやくリグのお気楽さを目にし、
バースは自分の存在はなんなのだと悲しくなった。




「・・・2人とも、エジンベアは金持ち貴族の国だから、あんまり田舎者風情だと国にすら入れてもらえないかもな。」





 バースの予言は的中した。





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