テドン 4
村のあちらこちらで焚かれた炎の周りで踊り、馳走に舌鼓を打つ人々。
祭りだからと羽目を外して娘に声をかけ、袖にされる男たち。
テドンの村がもっとも華やぐ日が、村を挙げての祭りの時だった。
「特別でかい村ってわけでもないのにすごい盛り上がりようだなー」
「この日のために村の人たちはずっと準備してるんだよ」
「とても楽しそう。エルファ、色々見て回ってもいいですか?」
「はい! どこから行きますか?」
恋人そっちのけでリゼリュシータに案内を始めたエルファを見て、バースは小さくため息をついた。
こうなるとは薄々わかっていたが、少しくらい予想を裏切ってくれてもいいではないか。
こちらだってテドンの祭りは初めてなのだ。
初めての祭りを可愛い彼女と一緒に楽しく過ごすことはいけないことなのか。
ここでもやはり王女の邪魔という試練に直面せねばならないのか。
俺、戒律厳しい僧侶じゃなくて自由奔放な旅の賢者なんだけどな。
バースの儚い夢は夢のまま潰えかけた。
なんとか踏み止まったのは、エルファが笑顔で手を差し伸べてくれたからだ。
「ふふ、オルテガ様は城へいらっしゃる前に、こちらで道を迷われたと聞きました」
「それなりに深い森なので、慣れぬ旅人がよく迷うとは私も聞きます」
「まぁ、では私も気を付けなくてはなりませんね」
リゼリュシータは村をぐるりと見回し、とある1ヵ所を見据えた。
祭りの会場とは異なった場所を見つめる王女にバースは首を傾げた。
変わり者の王女とは以前から常々思っていたが、あんな人寂しい場所に目を留めるとはやはり彼女の考えはよくわからない。
もしかして2人きりにさせようと王女なりに気を遣ってくれている素振りなのか、そうなのか。
都合の良い解釈を始めたバースに合わせるかのように、リゼリュシータはエルファとバースの方へ振り向きにこりと微笑んだ。
「せっかくのお祭りです。エルファはバースさんを案内して差し上げたらどうでしょう。私も1人で羽目を外してみたいです」
「ですが・・・・・・」
「大丈夫、たとえ何かあったとしても、私から父上に取り成しておきますから」
「リゼリュシータ様もこう言ってくれてるし、お言葉に甘えようよエルファ」
「・・・・・・何かありましたら必ず知らせて下さい。すぐに駆けつけますから」
エルファの言葉にリゼリュシータは今日一番の笑みを見せた。
嬉々として人々の輪に入っていく後ろ姿は、村や町で見かける娘たちと変わらない華やかさだ。
たまにはこういう日もいいのかもしれない。
せめて自分たちの前でだけは、何からも束縛されないありのままの彼女でいてほしい。
エルファは今宵王女が楽しいひと時を過ごせるようにと願い、バースと共に祭りの賑わいへ溶け込むのだった。
「・・・・・・で、王女と別れた後が今なんだな・・・・・・?」
リグは決して自身と目を合わせようとしないバースに問いかけた。
運命は残酷だと思った。
母が亡国ネクロゴンドの王女で、婚約者がいる身でありながらもオルテガと出奔したとは、にわかに信じられなかった。
どれだけ羽目を外したというのだろうか。
しかも、先程出会った当時の両親を見る限りでは、前もって準備をしていたように見えた。
テドンで落ち合い、祭りの賑わいに乗じて出奔する。
エルファとバースは初めから両親の駒だったのだ。
それは悲しい事実だった。知りたくなかったかもしれない。
信じられなかったが、真実を告げられ見せつけられた以上は、受け入れるしかなかった。
エルファの記憶に生きる王女リゼリュシータは、今よりはあどけなさがあるが、紛れもなくアリアハンで息子の帰りを待つ母リゼルその人だった。
彼女と共に今しがた村を出たオルテガも、幼い頃に仰ぎ見た父と全く同じだった。
エルファとバースに何と声をかければいいのかわからなかった。
何を言っても2人を傷つけてしまうか、あるいは壊してしまいそうな気さえした。
こういう時、人と接することを苦手としてきてコミュニケーション能力に乏しい自分が嫌になる。
「リグは・・・・・・・」
「エルファ・・・?」
地面に膝を突きうずくまっていたエルファがゆっくりと立ち上がった。
顔色は悪いが、しっかりとした瞳を宿した瞳は真っ直ぐリグを見つめている。
母が若い頃彼女を可愛がり信頼し、そして出奔という国にとっての大迷惑をかけることができた理由がわかった気がした。
他の誰かでもいけない、バースだけでもいけない。
エルファというもっとも信頼できる友人を巻き込まなければならないほどに、母にとって出奔は何よりも代えがたい願望だったのだろう。
「リグは・・・・・・、あの日突然行方をくらましてしまったリゼリュシータ王女と勇者オルテガの息子なんだよね・・・・・・。
王女の選択は間違ってなかったんだよね・・・・・・」
「・・・俺は、そう思いたい。母さんが昔のエルファにどれだけ迷惑かけたのかはわかんないけど」
「私はいいの・・・。リグに会えたから、それで充分なの・・・・・・。でもバースは」
エルファは現実のバースと、村が生み出した幻のバースを交互に見つめた。
同じ人物だというのに、背負っている影がまるで違った。
晴れやかな笑みを浮かべているバースはきらきらと輝いて見えた。
言っては悪いが神官団という年齢層の高い地位に所属していた中では、バースは唯一の話の合う若い男だった。
自分が持ちえない強力な魔力と高度の知識を有する魅力的な青年。
いつでも明るく笑わせ、楽しませてくれるバースを愛していた。
生きて、この時間を過ごしていることが楽しい。
全身から喜びのオーラが滲み出ているバースを、いつだって憧れの目で見つめていた。
しかし、目の前で唇を噛み締め俯いているバースは違った。
押し潰されてしまいそうなほどに重い物を背負っていた。
今この瞬間を生きていること自体に苦しみを覚えているように見えた。
いつから彼はこんな表情を見せるようになってしまったのだろう。
どうして、もっと早く気付いてやれなかったのだろう。
「ここに母さんやバースたちがいる理由はわかった。でも・・・・・・、なんで2人は20年位前と同じ見た目なんだよ。
あと、どうして母さんはエルファを見ても思い出さなかったんだ?」
「・・・俺がやったんだ。・・・嫌ってくれ、蔑んでくれ、俺が今の歪みを生み出したんだ!!」
「落ち着いてバース!! 私たち、何もあなたから聞いてないのよ・・・?」
「そうだよバース。俺やライムがお前を嫌おうが蔑もうが、話聞かなきゃ決めらんないだろ。
・・・・何聞かされても知ってもちゃんと受け止めてやるから、この際全部話して軽くなれ」
顔を上げたバースはリグを見つめた。
言葉遣いに違いはあっても、憎まれ口であっても、深いところで信頼されているという不思議な安心感があった。
この説明しがたい安心感があったからこそ、ネクロゴンドで周囲の目を気にすることなく楽しめ、様々な秘密を抱きながらもこうして旅を続けてこられたのだろう。
今度は俺が、リグだけではなく王女に対しても信頼に報いる時なのかもしれない。
彼ならば、どんなに暗く救いようのない話でも、本当に真正面から受け止めてくれるかもしれない。
バースはエルファを顧みた。
今から話すことはエルファすら知らない。
自分以外、もう1人しか知らない忌まわしい真実だった。
迷うな、逃げるな、悔やむことは巻き込んだ人々全ての人生を否定することになる。
バースは3人の顔を順に眺め、重い口を開いた。