時と翼と英雄たち

ジパング    5





 リグが溶岩の洞窟でヤマタノオロチと対戦した時に負った怪我は案外重かった。
本人は全然平気といった顔をしていたが、そこそこ医術に関しても詳しいバースが患部を掴むと、さすがの彼も顔をしかめてバースを睨みつけた。





「無茶しすぎなんだよお前。それかもうちょっと体重増やせよ。
 あそこまで吹っ飛ぶなんて誰も考えないって。」



「うるさいな。お前も俺に説教言ってる暇あったらエルファ達みたいにお墓参り行ってこいよ。
 ・・・思ったよりたくさん人がいたからな、あそこ。」




戦闘前に生贄の祭壇で見た死んだ女性達の亡霊を思い出すリグ。
彼にしか見えなかったものだが、その痛ましさ、切なさは見ることのなかったバース達にもよくわかった。
これ以上無駄な犠牲を増やさないためにも、悪い眼は早急に取り除いておく必要があるのだ。
その考えはリグ達も、セイヤも、ヤマト達もが思う共通の願いだった。
だからこそ、今のリグには早く傷が癒えてほしかった。






「リグ、山奥に生えていた薬草を採ってきた。
 万病に効くというジパングに伝わる秘薬だ。これを軟膏にして傷口に塗りこむといい。」




しばらく姿を消していたセイヤが持ち帰ってきたのは、世にも毒々しい色をした草だった。
こんな薬草、傷口が開きそうで塗ってなどほしくない。
リグは差し出された草を見て軽く1メートル後ずさると、顔を背けて言った。




「悪いけどセイヤ、俺あんまり薬草とかに耐性ないんだよな。
 だからそんな気味悪い草なんて塗られると逆効果かな〜とか。」



「あれ、この薬草、昔リゼルさんが何にでも効くありがたい草なのよって言ってた秘薬中の秘薬じゃない?」





 あくまで薬草の使用を拒否し続けるリグだったが、思わぬ所から伏兵が現れた。
ライムと一緒に墓参りに行っているはずのエルファがひょっこり戻ってきたのだ。
エルファの言葉にぎょっとするリグ。
尊敬すべき母も太鼓判を押しているこの薬草だ、おそらくこれさえ使えばベホマ級の回復をするのだろう。
しかし頭ではそう思っていても、なかなか手が動かない。
困り果てたようにバースを見るが、もとよりバースには彼を助けようと思う気持ちなどない。




「エルファもこう言ってんだから、とっととおとなしく塗られろ。
 リゼルさんだって大丈夫だって言ってるし、お前がぐずぐずしてる間にオロチも体力回復してるってわかんないのかよ。」


「そう、だよな・・・。」





リグの傷口に塗られた紫色の軟膏は、それはそれは良く効いたらしい。


















 秘薬の効力あってか、すっかり傷口も癒えたリグはヤマトの仕事場へと向かっていた。
今、彼の元には先日のオロチとの戦いで奴の腹から奪い取った剣を預けている。
拾った時は何も感じなかったのだが、ジパングへと戻りヤマトに見せてみると、彼は目を輝かせてリグに頼んだのだ。
この剣、草薙の剣を自分に鍛えさせてくれと。
剣は遣うが鍛えることまではできないリグは、彼の申し出に快く応じ剣を手渡した。
ヤマトは剣を手に入れてからというもの、恋人ヤヨイにも目を向けずに仕事場に篭もりっきりという。
草薙の剣の力に彼が魅せられたのか、職人魂に火が点いたのかは知らないが、リグは彼の仕事ぶりに満足していた。
いずれは自分のものとなる剣だ、次のオロチ戦ではぜひとも草薙の剣を鞘に入れて戦いに臨みたい。
リグはヤマトの剣を打つ音が聞こえなくなるのを確認し、彼の仕事場へと入った。






「ヤマト、草薙の剣の具合はどうだ?」



「我は今までこのように美しい剣は見たことがない。
 リグ、これはジパングの宝だ、この剣でオロチを倒してくれ。」



「そのつもりだけど。ちょっと貸してくれるか?」





リグはすっかり美しく鋭いきらめきを発するようになった剣に手を伸ばした。
剣が自分を選び、自分もまたこの剣を選ぶべくして選んだ気がした。
細見の刀身を見つめた途端、彼の耳に草薙の剣が語る声が聞こえてきた。






『最後の血を継ぐ者よ、我を手に取り立ち向かえ。』




「最後の、血・・・?」





確かに剣は自分に語りかけてきたのだ。
最後の血を継ぐ者、立ち向かえと。
だがリグにはわからなかった。
最後の血とは何のことだろうか。
オロチとの戦いの際に彼が言った、リグとバースに流れる血を憎んだものと関係しているのだろうか。
あまりに少なすぎる情報で、さすがのリグもその意味するところを知ることはできなかった。















 ジパングの村の外れの森深い所で、2人の女性が祈りを捧げていた。
彼女達の前には大小様々な大きさや形をした岩が地面に刺さっている。
これらは皆、ヤマタノオロチへの生贄とされた年若い女性達の墓だった。
骨も何も残っていない、実際にどのくらいの数の女性が殺されたのかもわからない。
リグが洞窟で『彼女達』を見ることがなければ、こんなに多くの人々のための墓を作らなかったかもしれなかった。





「・・・もし、私達もこの国に生まれてたら、この人達みたいにオロチへの生贄になってたのかな。」



「リグの話だと、私達ぐらいの歳の人が一番多かったらしいわよ。
 ・・・この国に生まれなかったら、もっと長生きできて、もっとたくさんの人と出会い、もっと多くの幸せを味わうことができたかもしれないのに。」




ライムは組んだ手に力を込めて呟いた。
何の偶然か、ヤヨイ達はジパングの民としてこの小さな島国に生を受け育った。
オロチへの生贄になるということも知らずにすくすくと育ち、ある日気がつくと自分達と同年でいつも遊んでいた友人達の姿が消えている。
日を置かずしてなぜ友人が消えたのかを知り、いずれ待ち受ける運命を知り、恐怖に身を凍らせる。
遠からずやってくる死に、彼女達は何を思ったのだろうか。
逃れる事さえ叶わないこの身の悲運に、どれだけの人々が己を呪っただろうか。
生まれた土地を愛していたのに、その土地に裏切られる気持ちはどんなに悲しいだろうか。
生まれた土地を知らないライムとエルファは、自分達の知ることのない悲しみをぼんやりと感じていた。





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