ジパング 6
リグたちはヒミコの館を訪れていた。
館の主の正体は知れている。
ジパングの民を、若い娘達を恐怖のどん底に叩き落したヤマタノオロチなのだ。
ヒミコは今、床に臥せっていた。
彼女が受けたダメージはひどいはずである。
前回の戦いで、その腹部は貫通寸前だったのだ。
「できるだけ人を巻き込みたくないな。
盾にされても面倒だし。」
「わかってる。
セイヤ、お前は戦いが始まったらすぐに一般人を外に誘導しろ。」
「相わかった。」
列の最後尾でセイヤが呟いた。
この戦いに勝てば、あの忌まわしき呪いから解き放たれるのだ。
姉やヤマトを含め、同胞たちに再び笑いを与えることができるのだ。
「・・・リグ。」
「なんだ? 長話はやめてほしいんだけど。」
「いや・・・。
・・・なぜ、お前たちは我らを助けようとするのだ?
ここはそなたらの国ではなかろうに。」
リグたちは顔を見合わせた。
理由らしい理由なんてない。
精霊ルビスの力と祝福を受けたオーブをもらうだけなのだ。
オロチ退治はその過程の1つに過ぎず、アリアハンでヤマトに会わなければ、ここに来るのはもっと遅かったはずだ。
「ヤマトが守りたいもの、セイヤが守りたいもの。
俺はそんなお前らの心を守りたいんだな。
少なくとも俺はそう。
この際建前なんてもうどうでもいいけど。」
「そうそう。ここに来たのも何かの縁ってね。」
ライムもリグの意見に同意した。
2人の隣では、バースとエルファも頷いている。
お人好しというには命を賭けすぎていて、無鉄砲というには繊細すぎる。
セイヤは、この人たちとならオロチに勝てそうな気がしてきた。
「もういいか?
・・・行くぞ。」
リグたちとヤマタノオロチの戦いが、再び始まった。
リグの鍛え上げられた草薙の剣がオロチの分厚い肌を切り裂く。
セイヤの怒りの拳が、蹴りが、癒えたばかりのオロチの腹に食い込む。
リグたちは、炎による攻撃を受けながらも果敢に立ち向かっていた。
もう、2度とあんな悲しげな表情をした若い娘の亡霊など見たくなかった。
「虫ケラどもがふざけた真似をっ!!」
「虫ケラも集まれば蛇ぐらい倒せるぜ?」
不敵な笑みを浮かべたバースが早口で呪文を唱えた。
館の中に猛吹雪が起こり、オロチの足元を凍らせる。
「エルファ、今だ!」
わかった、と叫ぶ可憐な声が遠くから響く。
次の瞬間、大きな爆発がオロチの周辺で炸裂した。
エルファがイオラを唱えたのだ。
爆煙で微かに視界が利かなくなる。
苦しみうごめくオロチの巨体は見えるのだが、エルファは自分の足元に忍び寄ってきていたオロチの首の1つに気づかなかった。
首1つといえども、その口からは灼熱の炎が吐き出される。
そして、非力なエルファが肉弾戦で勝てるほどやわな相手ではない。
「死にぞこないの亡霊が小癪な呪文なんぞ繰り出しおって!!」
エルファが異変に気が付いた時にはもう遅かった。
忌まわしい雑言をエルファに投げつけたオロチは、その言葉に凍りついた彼女に次なる肉体的ダメージを与えようと、口を開いた。
目の前に死の危険があっても、エルファは動けなかった。
死にぞこないの亡霊、それは一体何なのだ。
自分のことを指しているのには違いなかった。
口から出まかせの世迷い言とは思えない自分がいた。
不意に、頭が締めつけられるような痛みに襲われた。
気が遠くなりかける。
瞳を閉じればオロチの言った言葉の意味がわかる。
そんな根拠もない誘惑がエルファの身体を包み込んだ。
目の前が真っ赤になった。
鋭い声がすぐ近くで聞こえた。
凛としたよく通る声、それはライムのものだ。
真っ赤になったのは、彼女の赤みを帯びた髪が熱風で靡いたせいだった。
「エルファ下がって!!」
ライムはエルファを背に庇い、オロチの前に立ちはだかった。
ライムは少し離れた所で、エルファの異変を察知した。
このままでは為す術もなくあの子はやられる。
そう思ったライムは一目散に彼女の元に駆けつけた。
普段ならば、この役目はいつでもエルファを暖かい目で見守るバースのものだった。
しかし今回に限って、彼はリグとセイヤの傍につきっきりだった。
だからライムはこうして馳せ参じたのだ。
「小娘2人が束になったところで・・・、諸共に焼き尽くしてくれるわっ!!」
ライムは盾を構えた。
正直、これで炎を防げるとは思っていない。
盾を構えたのは成り行き上に過ぎない。
業火がライムとエルファを襲った。
と同時に、ライムの腰に差している懐剣が青いきらめきを発した。
薄い膜のようなものがライムとエルファを包み込んだ。
炎から身を守ってくれているかのようだった。
熱さをまるで感じないのだ。
ライムは呆然として腰の懐剣に目をやった。
これはジパングへ旅立つ前、レーベの両親が渡したものだった。
ライム出生の秘密を握っているかも知れない、ただのお守りに過ぎない美しい懐剣が、オロチの猛攻に多大なる力を発揮していた。
ライムはこれをまたとない好機と見た。
何かを考える前に、オロチの首に飛び乗り上を伝い走り、胴体へと駆けに駆けた。
そして相手の首という首を次々と切り落とすと、セイヤに向かって大声で叫んだ。
この戦いに引導を渡すのは、リグでも自分でもなく、誰よりもオロチを憎んでいるセイヤであるべきなのだ。
「セイヤっ、止めを刺しなさい!!」
わかった、とセイヤが応答するのと、彼がオロチに向かって止めの強烈な蹴りを与えたのは、ほとんど同時だった。
オロチの胴体が激しくのた打ち回る。
その動きは途切れ途切れとなり、やがて1度大きく痙攣すると、それきり動かなくなった。
「・・・死んだ、のか・・・。」
セイヤの呟きに答えるように、オロチの骸が音もなく崩れ去った。
オロチのいた場所の代わりには、紫色の静かな輝きを発しているオーブが置かれていた。
勝者を称え、祝福するかのような光にしばし見惚れる。
探していたものが、こうして手に入った。
目標に、一歩近づいた。
それは、ジパングの民の平穏の始まりを告げる光でもあった。
「綺麗だな、オーブは。
あんな化け物の身体の中にいても、ぜんぜん汚れてない。」
「そんなのが後5つぐらいあるのよね。
やっぱりオロチみたいな強敵と戦わなくちゃいけないのかしら。」
失くさないようにそそくさと袋の中にオーブを仕舞うと、リグはライムたちを見回した。
不思議なことにライムに火傷の跡はあまりない。
炎ですら、美女を避けてしまうのだろうか。
バースもエルファも、自分だってかなりの傷を負ってはいるが、命に係わるようなものではないだろう。
ただ、エルファだけが真っ青な顔をして立ち竦んでいた。
目の焦点も合っていない。
「エルファ、どうした?
どこか痛むのか?」
バースが不安げな顔をしてエルファの顔を覗き込んだ。
「私が・・・、死にぞこないの亡霊ってどういうこと・・・?」
「な・・・!?」
エルファの問いかけにバースの顔色が大きく変わった。
彼の身体が小刻みに震えている。
日常冷静な彼にしては、それは異様すぎる光景だった。
バースは、エルファの煤のついた顔を、震える指でゆっくりと触れた。
リグには、彼のその行動が、まるで生きているのかを確認しようとしている動作のように見えた。
いや、見たというより、彼特有の直感がそう告げていた。
自分やライムが到底立ち入ることができない、次元とスケールの違いを感じていた。
「エルファは生きてるだろ・・・?
そんなこと・・・・・・・、言うなよ・・・・・・・。」
「私はなんなの・・・・・・・?」
エルファの瞳から光が消え、全身から力が抜けた。
床にくず折れようとするエルファを慌てて抱きかかえるバース。
彼の表情は、暗かった。
back・
next
長編小説に戻る