ジパング 7
ヒミコの死。
それは、ジパングの民に大きな衝撃をもたらした。
つい先日まで現人神と崇めていた者が実は魔物であり、しかも異国の人々によって倒されたのだ。
現実をすんなりと受け入れろと言う方が無理だった。
その点では、ヤマトやセイヤの力は大きかった。
実際にヒミコの真の姿を目の当たりにし、リグたちと共に戦った彼らの話は、ジパングの民を現実へと戻らせた。
かつての優しかったヒミコは、とうの昔にヤマタノオロチによって亡き者とされていたのだ。
これからこの国を支え、新たに作り上げるのは、自分たち自身なのだ。
2人の熱意が人々に届いたのだろうか、オロチ討伐の数日後から、国は活発に動き出していた。
いずれは開国もありえるとは、成り行き上ジパング再建計画の長に押し上げられたヤマトの談である。
「ヒミコ様が亡くなり、これからは我らがジパングを創らねばならぬ。
リグ、ライム、バース、旅の合間にでもここを訪ねてくれ。
我らは草薙の剣を抱きし勇者を歓迎しよう。」
「俺も、これからのジパングが楽しみだな。
どこにも負けないいい国を作れよ。
それからヤヨイさんとも仲良くしろよ。」
「わかっておる。
しかしな・・・、我はセイヤがちと苦手なのだ・・・。」
周りに聞こえないようにぼそぼそと呟くヤマトに、リグたちは苦笑した。
そんなもんだろうとは思っていた。
少なからずシスコン要素があるセイヤと縁続きになるのは、ヤマトにとっては避けられない、少々、いやかなり厄介な問題なのだろう。
事あるごとに厳しいチェックが入り、夫婦仲を邪魔されるかもしれない。
「ヤマト義兄上。」
「ひっ!?」
予想だにしないセイヤの不意打ちにみっともない声を上げるヤマト。
セイヤはそんな彼を見て、小さくため息をついた。
こんな男のどこがいいのか、と自分は思うが、姉はヤマトを愛しているのだ。
そなたにはヤマトが何たるかわからぬのか、と諭されたこともある。
「『ひっ!?』などと間の抜けた声を・・・。
国を担うやも知れぬ者として、これから先が思いやられますな。」
「す、すまぬセイヤ・・・。」
呆れたような口調で言えば、ショックを受けてすぐにへこむ。
こんな頼りなさそうに見えて、案外芯は太く、オロチの生贄に差し出されることになった姉の身を守るために、単身オロチに立ち向かったのだ。
無謀としか言えなかったが、その正義感にセイヤは感心しつつもあった。
義兄として認めてもいい、という気になったのである。
「1人ではどうも頼りない義兄上でありますから、我も及ばずながら力添えいたします。
それが、弟の務めと心得ております。」
「セイヤ・・・、今、我を義兄と・・・。
わ、我は嬉しい、生まれて3番目ぐらいに嬉しいぞセイヤ!」
「ね、姉さまの幸せを阻むような振る舞いは、弟として決して許されざること!
それゆえであります!」
セイヤの両手を握り、感激のあまりぶんぶんと上下に振り回すヤマトに向かって、セイヤは若干頬を染めて叫んでいた。
そしてそれがひとしきり繰り広げられると、セイヤは心配そうな顔をして訪ねた。
「エルファの容態はどうなのだ?
いまだに目覚めぬのか?」
「あぁ・・・。
どこかが悪い訳じゃないんだがな・・・。
こればっかりはどうしようもないから・・・。」
言葉を濁して答えるリグと、彼に同調して頷くライム。
バースだけは無表情な顔である。
彼女が倒れて一番応えているのは彼だろうし、そんな顔されると何も聞けない。
「そうなのか・・・。
良くなり次第、我らも見舞いに訪れよう。」
やはり不安げな色を隠せないヤマトとセイヤは、リグたちに大量の毒々しい色をした薬草をプレゼントしたのだった。
エルファは庭に立っていた。
立っているというより、感覚的には浮いていた。
以前もこのような体験はしたことがある。
あの時は大きな城の回廊を歩いている、失われた記憶の中の自分と、初老の男性の後をついて行ったのだ。
玉座には国王と美しい王女がいて、友達になろう、というような話をしたのだった。
エルファはあたりをくまなく見渡した。
この空間のどこかに、もう1人の『エルファ』がいるはずなのだ。
ふと、柱の向こう側から少女2人の華やかな笑い声が聞こえた。
姿が見えるわけでもないのに、注意深く足音を忍ばせて様子を伺う。
黒い艶やかな髪をした美しい王女と、空色の長い髪にひときわ白い肌の神官服の少女がそこにいた。
紛れもなく、王女と『エルファ』だった。
「エルファはいつも楽しそう。
神官の者たちといつも一緒にいて・・・。
羨ましいことです。」
「楽しいばかりではございません、王女様。
なかなかに厳しいのですよ。」
「でも私はいつだって籠の中・・・。
すぐ近くにある村の祭りにすら行けぬ身なのですよ。」
王女が拗ねたように言うと、エルファは困った顔をした。
そんなこと言われたってそもそも自分と王女は身分が違いすぎるのだから、とでも思ったのだろう。
現実世界のエルファがそう思っているので、おそらく王女の隣の『エルファ』も同意見だ。
「この国は、いずれは姉上が他国から王子を迎え跡を継がれます。
私は、王女としてではなく1人の人間として生きたいのです。」
「王女様もやがては他国のお妃様になられるのではございませんか?」
「そんなことは耐えられません。
いっそのこと、国を出たい・・・。」
そう呟いてうっとりと外の世界へと想いを馳せる王女を見て、エルファはますます困った顔をした。
普段は物わかりが良くて聡明で大人しい王女だが、芯が強く、1度望んだことは多少の無茶をしてでもやろうとする。
そこもまた好きなのだ。
現実世界のエルファの頭の中に、すうっと懐かしいものが入り込んできた。
自分がかつて愛した、美しい王女の人となり、そして彼女に対する思いだった。
王女に関する記憶が徐々に戻り、あと少しで名前も出てくる。
そんな時だった。
1人の青年の声が王女とエルファの会話と、現実のエルファの思考を遮った。
「こちらにいらっしゃるのはリゼリュシータ王女様と、神官団員のエルファーラン殿ですか?」
エルファの体が強張った。
視線が彼から外せない。
彼のことなら大いに知っていた。
なぜなら、今現在、いつも傍にいるからだ。
「そうですが・・・。
名を尋ねるより前に、ご自分の名を言うのが礼儀ではございませんか?」
エルファとの楽しい会話に割り込まれ、いささか機嫌を損ねたらしいリゼリュシータ王女が、青年をきっと見据えた。
しかし当の青年はそんな王女のきつい視線にものともせずに、にこやかに微笑んだ。
思わず見とれてしまうほどに、綺麗な優しい微笑だった。
「これは申し遅れました。
今日からこちらの神官団でお世話になる、バースと申します。
エルファーラン殿、どうぞよろしく。」
「エルファで構いません、バース様。
旅の賢者、と団長のタスマン様から伺っています。
こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。」
エルファはもう何も聞いていなかった。
聞くことができなかった。
どうしてバースがここに、という思いだけがあった。
知っていたのか、自分の過去を。
だったらどうして教えてくれなかったのだ。
エルファはゆっくりと目を閉じた。
視界から、庭園が王女が、『エルファ』と『バース』が消える。
再び目を開けると、そこには不安げな顔をして自分を覗き込んでいる、リグたちの姿があった。
「エルファっ!?
良かった、びっくりしたのよ、また倒れちゃったから・・・。」
「ライム・・・。
また心配させちゃってごめんね。
でも、もう平気だから。」
体はどこに痛くないのだ。
苦しいのは心の中だけだ。
エルファはじっとバースを見つめた。
するとバースは、エルファに向かって優しく微笑んだ。
この笑顔、夢の中とほとんど同じだった。
違うのは背負っている影とも言うべき部分か。
「ライム、ちょっと次の行き先について話そう。」
「え、いいけど・・・。」
リグが彼特有の機転を働かせて2人きりにさせる。
何かあるのだ、もしくは何かあったのだ。
それはやはり、自分やライムにはあまり関わり合いがないことなのだろう。
彼らが話す時まで、リグは待つつもりだった。
「バース、あのね。」
リグとライムが去った部屋で、エルファは小さな声で言った。
リグの思いやりは非常に嬉しい。
あれで正義感の彼だ、知れたらちょっとまずい。
「どうした?」
「私、前にバースと会ったことあるよね。
どこかの庭園で、リゼリュシータ王女と一緒に。」
バースの顔から、笑みが消えた。
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