ジパング 8
バースは黙っていた。
黙っていることしかできなかった。
いつか、この日が来ると予想はしていた。
いつ来るのかわからなかっただけだった。
しかし、実際にエルファの顔を前にすると、とてつもなく切ない気持ちになった。
「どうして言ってくれなかったの。
どうして、私を知ってるって教えてくれなかったの?」
「・・・・・・・。」
「黙ってないで何か言って!
・・・お願いだから・・・、私は、バースが口に出したくないほどに嫌な女だったの・・・?」
「違うっ!!
そんなわけないだろう!!」
バースはエルファの呟きに思わず声を荒げて反抗した。
無意識のうちに、エルファの両肩に手をかけていた。
2人の視線が宙で交差する。
バースは、エルファのまっすぐに見つめてくる曇りなき青い瞳から不意に目を逸らした。
彼の行動に少なからず傷つくエルファ。
バースが自分に対して何かを隠していることは明らかだった。
「初めて・・・、ううん、アリアハンで『再会』した時、どうして嘘ついたの?」
「ああ言うしかなかったんだ・・・。
今だって、エルファの過去は語れない。」
どうして、という問いかけをエルファは呑み込んだ。
尋ねても、バースは決して口を割ってくれないだろう。
今までだってそうだったのだ。
ただ、自分の過去を知っていた上でそれを隠し通そうとしていたことに、無性に腹が立った。
どうせいつかは戻る記憶なのだから、隠していても自分の首を絞めるだけだろうに、とも思った。
「バースは、旅の賢者として私のいた国に来たのよね・・・。
リゼリュシータ王女様は、とてもお美しい方だった。
・・・と言ってもそれほど昔の話ではないのだろうけど。」
エルファの言葉に、バースは苦笑した。
その笑みはどこか痛々しかった。
まるで彼自身を嘲笑っているかのようにもエルファには思えた。
それがたまらなく苦しかった。
見ていて胸が締めつけられるような苦しみだった。
「バースは・・・、やっぱり何も話してくれないのね。」
「話さなくても思い出してくれるだろ?」
「少しだけでもいいから教えてくれない?
私はどこの国の人だったの?」
「記憶は自分で取り戻すものだ。
俺が知ってたエルファを話すのは簡単だし、手っ取り早いかもしれないけど、
それは俺から見たエルファであって、本当のエルファじゃない。」
「そうだけど・・・。」
バースの有無を言わせない口調にエルファは黙り込んだ。
彼の言っていることはすべて正しいのだ。
反論する隙すら見つからない。
こういうところはさすがは賢者、と思わせる。
「わかった、もう聞かない。
でも最後に1つだけ教えて。
私とバースは、仲良かったんだよね。」
バースの目がわずかに見開かれた。
数瞬後、あの優しいいたわるような笑みが向けられた。
「あぁ、すごく。」
バースの答えにほっとしたエルファだった。
その頃、リグとライムはヤマトの家の外で、今後の予定を練っていた。
水先案内人のごとく行き先を指定、もしくは助言してくれるバースがいないので、なかなかはかどらないのだが。
「ねぇ、やっぱりバースいないとちょっと厳しくない?
とりあえず近くにあるっていう村には行くけど、大きな旅程は立てられないわ。」
「いいじゃんたまには。
たまにはあいつを出し抜いとかないと。」
「ま、それもそうだけど・・・。
・・・それにしてもリグ、相変わらずの勘の良さね。
もう慣れちゃったけど。」
地図を放り出してライムはうーん、と背伸びした。
日のいずる所と自称していたジパングの暖かな太陽の光が、ライムの燃えるような赤い髪を照らす。
ただでさえ美しい彼女の容姿が、3割増しぐらいさらに美しく見える。
リグはライムを眩しげに眺めると、同じように伸びをした。
次に行くムオルという村は特にこれといった話は聞かないが、たまにはのんびりしたいという希望から、一種の静養として赴くことになったのだ。
このご時世、のどかな村というのもあまりない。
「エルファは多分また記憶を取り戻したんだろうな。
・・・しかも、バースも関係してるみたいだし。」
「あぁ・・・。あのね、リグ。
私時々バースを見て思うことあるの。
バースがエルファを見つめる目、どこか悲しそうなのよ。
見間違いじゃないと思う。」
「そっか・・・。
ただ単にエルファを過保護に扱ってるってだけじゃないんだよなあいつ。
エルファの実力っていうか、持てる力を最大限発揮させる方法を心得てるっていうか・・・。」
「まるで昔からエルファを知っているかのように・・・。」
ライムの独り言に、リグは1つの考えが浮かんだ。
それは決して見過ごしはできない、不可解な行動だった。
もしこの仮定が事実だとしたら、自分たちはあの美形賢者に騙されていたことになる。
彼のことだ、きっと訳あってそうせざるを得なかったのだろう。
そうだとしても、問い質しておきたかった。
語りたくないことを無理に聞こうだなんて野暮なことはこれっぽちも考えていない。
どうせまたもっともな正論吐いて自分たちを納得させるのだろうが。
それでも筋は通しておきたいと思うのは、やはり頑固なのかな、と思ったリグだった。
「よし、早速エルファとバースの所行くか。
ちょっと尋ねることもあるし。」
「際どいことをずばずば聞くのは止めなさいよ。
私は知らなくたって構わないんだからね。」
数十分後、リグの推測どおり、バースの見事な正論によって彼の秘密は了承されたのだった。
ジパングを出立する朝、ちょっとした事件が起こった。
バースが忽然と消えたのである。
残されたのは走り書きのような置き手紙だった。
「『どうしても行かなきゃなら内容ができたんで、ちょっと抜けます。
旅は勝手に続けてくれて全然構わないから。』 だと・・・?
ったく、この間までなにも言わなかったじゃないか。」
「リグ、落ち着いて。
バースのことだからすぐにふらっと帰ってくるよ。」
ヤマトやセイヤたちの前にもかかわらず、我が道を行くリグを必死に宥めすかすエルファ。
本当は彼女がいちばん不安に思っていることぐらい、リグやライムにはお見通しだ。
バースのことで騒いでいるような2人の隣では、ライムがリーダーに代わって別れの挨拶をしている。
「またいつでも来てくれ、ライム。」
「ぜひとも。セイヤ、家族と仲良くするのよ。」
「わ、わかっておる!」
1人欠けてもわいわいと賑やかにジパングを後にする草薙の剣を手にした英雄たちを、
ヤマトたちは彼らの姿が見えなくなるまで見送っていた。
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