もう少し早く弱音を吐いてしまうような都会っ子だと思っていたのだが、カミュの昔なじみは本人が言うとおりなかなかタフな女の子だった。
は密林の中ほどで見つけたキャンプ場で、焚火越しにを見つめていた。
とりあえずの旅装束を身につけている男2人と違い、カミュにうっかり手を引かれたばかりに外に出てしまったの装備は文字通り性能通りの布の服だ。
戦闘には参加していなかったが、一発でも射られるか引っ掻かれでもしたらおそらく彼女は大怪我を負っていただろう。
薬草でしか傷を癒す手段がない現状、あまり無理はしたくない。
タップデビルの踊りに惑わされたり、眠るベビーパンサーの愛らしさに見惚れている間に親のキラーパンサーに追われる時間などなかったのだ、反省している。






ちゃんってもしかして旅とかしたことあった?」
「旅らしい旅はご無沙汰だけど、街の周りうろうろするくらいはしてるよ。仕入れもしないといけないし」
「仕事で? でもちゃんは入口で挨拶する人で、外にまで出ることはないんじゃ」
「ああ、それお昼のお仕事。夜は中層で別のことしてるの。ちなみに今日はサボり」





 ふむふむと頷いているの隣で、カミュがじとりとした目でこちらを睨みつけてくる。
事実を言ったのに睨まれる理由がわからない。
しがない一般人は朝から晩までせっせと働かなければ生きられないのだ。
盗賊稼業で一獲千金を狙う夢見る青年にはわからない世知辛い現実で、こちとら毎日過ごしているのだ。
はキャンプ場隣の小屋の前に憔悴した姿で横たわっていた絶賛介抱中の犬をぎゅうと抱き締めると、むうとカミュを睨み返した。




「べっつにやましいことしてないもん。それよりもちゃんと勇者様に教えた?」
「ああ、それだがな、お前道端に落ちてるやつ拾うの好きだろ? いい物をやるよ。今までいろんなお宝を手に入れてきたオレとデクとっておきの逸品だ」
「盗賊のお宝? 僕にくれるの、何だろう」
「はは、見て驚くなよ・・・。その名も不思議な鍛冶台! こいつの上に素材を載せて不思議なハンマーでトンカン叩けばなんとびっくり!
 金属の剣はもちろんのこと、木のブーメランや布の服まで材質を問わずあらゆる装備が作れちまうんだ。すげぇだろ!」





 袋の整理を教えると思いきや、更に取得物を増やしかねない玩具のようなお宝とやらを与え説明を始めたカミュの背中を見つめ、ははあとため息をついた。
は初めて見るとんちきな代物に興味津々のようで、早速レシピを読み込みハンマーを握っている。
長くなるであろう旅を慰める気晴らしにはぴったりだと思う。
は犬を焚火の傍に残し立ち上がると、森へと歩き始めた。
単身ではまず来られない密林にせっかく連れて来てもらったのだ。
珍妙なお土産を持ち帰ればきっと喜んでくれる。
確かあれは夜には眠りにつく魔物だったはずだから、よほどのヘマをしない限りは上手くいくだろう。
それからできれば川辺で足くらいは洗いたい。
実は飛び散った魔物の体液で足がべとべとだ。
今の勇者様は、目の前に立ち塞がる魔物を倒すことでいっぱいいっぱいだ。
魔物の中には体液で毒などを吐き散らす厄介なものもいるのだが、そのあたりも今後カミュが実戦込みで教えていくのだろう。





「毒消し草もこのくらいで足りるかなー」





 食べたらもれなく昇天するキノコの隣に生えていた毒消し草を摘み取り、ポケットに突っ込もうとして手を止める。
ポケットは先客の薬草でいっぱいで、毒消し草を詰めるスペースはもう残されていない。
身ひとつで出てきてしまったので鞄など持たないし、こんな場所に都合良く袋が落ちているはずもない。
落ちていたらそれは魔物だ。
困ったなー、どうしようかなー。
しゃがみ込んだままうんうん唸っていると、背後に何かが現れた気配を感じる。
振り返ることができず、首筋にかかる生暖かい息と匂いに呼吸を止める。
反射的にふるりと震えた体を抑えるようにぎゅうと片手で体を寄せられ、は緊張の糸を解き口を開いた。





「ちょうど良かった、ねえ、ナイフ貸して」
「お前、ここがどこだかわかってんのか。オレがいなかったら殺されてたぞ。あと、オレじゃなかったら襲われてた」
「だから良かったって言ったじゃん。ありがと、やったおばけキノコ欲しかったんだあ」
「だから!」




 魔物からただの肉片になったおばけキノコをかき集めていると、がっと強く肩をつかまれ強引に体を反転させられる。
丈夫にできていると自負する体だが、だからといって乱暴をしていいわけではない。
は肩に食い込む力に眉をしかめると、おそらくは超絶激怒しているであろう乱暴者の顔を見上げた。




「気付けばキャンプにいない、女神像の守護からも外れてる。おまけに魔物が近くにいるのにも気付きゃしない。何してんだよ」
「私は私のお仕事してるだけなんだけど。おばけキノコの毒味がクセになるっていう常連さんがいるんだけどね、ほんとに美味しいのかな」
「知らねえよ」
「だよねえ。あ、でさ、ナイフ貸してほしいんだけど。あと手も離してほしい、割と痛い」





 自業自得だとわかってはいるが、昔から彼を怒らせてばかりだ。
向こうが早とちりしたことが決定的な原因だとは思っているが、少し間を空けたからといってすんなりと修復するような相性ではなかった。
はようやく離してもらった肩を軽くさすると、周囲に散らばったままの魔物だったものを見回した。
採取と考え事に夢中で、これほどに囲まれていたとはついぞ気付かなかった。
確かにカミュが来ていなければ殺されていた、反省しよう。
はカミュにぺこりと頭を下げた。





「ごめんなさい。助けてくれてありがとうございました」
「頼むから急に消えないでくれよな・・・。・・・オレこそ悪かった。肩痛いんだろ、怪我は」
「え、やだ・・・。怪我させるほどの力で掴んだの・・・?」
「違う! はあ、ったくお前は・・・。ナイフは? 何に使うんだ」
「ナイフはこう、服をびりっと」
「やめろ、マジでやめてくれ。服裂いてまで何したいんだよ・・・」
「おばけキノコと毒消し草を包む袋を。ほら、ポケットはもう薬草でいっぱいだから」
「じゃあ薬草寄越せ。それでいいだろ」
「なるほど」





 両ポケットから次から次に出てくる薬草を受け取り、手持ちの袋に詰めていく。
先程に鍛冶台の使い方と一緒に袋の整頓の方法も教えたが、次に整理すべきは自分の懐だろう。
カミュは空になったばかりのポケットにいそいそとおばけキノコと毒消し草を仕舞っているを見やった。
足元や服はそれなりに汚れているが、怪我はしていないらしい。
しかし、毒をクセのある味と言って好んで食べる常連が気になる。
そいつは人間なのだろうか。
そもそも彼女はいったいどこで仕事をしているのだ。
カミュはを連れキャンプへ戻る道すがら、躊躇いながらも口を開いた。





さ、オレと別れた後どこにいたんだ?」
「内緒」
「朝になったらもういなくて、そこらじゅう探した。でもどこにもいなくて、そんなに簡単に行方くらませられるもんなのか? オレらの逃避行の参考にしたいから、人助けだと思って教えてくれよ」
「絶対参考にならないから言わない」
「オレとお前の仲だろ」
「・・・あのね」




 キャンプの明かりと女神像、そして焚火の傍で眠っているの姿が見えてくる。
はぱたりと立ち止まると、2歩先で遅れて足を止め振り返ったカミュの目をじっと見つめた。
とても心配そうな顔をしている。
初めて出会った時と同じ、行き場のない何かを覗き込んだ日と同じ心の底から人を案じている眼をしている。
面倒見が良くて優しい人なのだ。
よく知っている。





「カミュが私に言わなかったこと言いたくなかったことあるみたいに、私にも言えないこと言いたくないことくらいあるの。
 ・・・私はもう、これ以上カミュの期待を裏切るようなことしたくない」




 再び出会ってしまったから、もしかしたらいつかは知られてしまうかもしれない。
けれどもそれは今であってはほしくない。
今はまだ知られたくない。
彼にも相手にも知られないようにしなければ、なによりも我が身が一番危うい。
は立ち竦んだままのカミュに2歩歩み寄ると、くるりと回れ右させた。
正面はできる気がしないが、背中ならばなんとかなる気がする。






「お願い、お願い、お願い、カミュ・・・」




 背中にとんと額を置き、両手でぎゅうと服を握り締める。
久々に自発的に触れた彼は、とても温かかった。






NPCキャラって、時々訳わかんない行動するよね






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