とことんまでに軍師なのだなあと思う。
どこまで見透かされているのか恐ろしくもある。
とカミュとの逃避行も、実はやはり知っていて今は泳がされているだけなのではと疑ってしまいそうになる。
ダーハルーネまで放っておいたのも、海に投げ捨てて気まぐれでも面倒を見てやったという思い出と証拠を隠滅するためだったりして。
まさかそんなはずはないと笑って済ませられないくらいに、養い人の頭脳は図抜けてしまっている。
は知らぬ間に手配されていたダーハルーネ一番人気の宿屋、水路側の一等室のベッドに仰向けで寝転がっていた。
宿の扉を開け、女将に部屋はあるかと尋ね名を訊かれただけでチェックインである。
しかもお代は既にいただいているときた。
こんな気障で手厚い子守をする男はひとりしかいない。
むしろ、彼以外にもそうまで尽くす男がいるのならばそれはそれでとても引く。
あらゆる意味でホメロスへの通報案件だ。




「将軍、何しに来てんだろ・・・」




 ダーハルーネにデルカダール兵はいなかったし、街そのものも活気に満ちていて事件が起こっているような物々しさは感じなかった。
このところのホメロス隊の任務といえば悪魔の子こと捜しだが、幸いここに彼らはいなかった。
見つけていたら、すぐに立ち去るように伝えるつもりだ。
どこに逃げてもいつかは出会ってしまうのだろうが、どうせ出会うならもっと後でもいい。
はベッド脇の文机に置かれた書き置きのメモを手に取ると、えへへと小さく笑った。
明日の晩はホメロスが夕飯を食べさせてくれるらしい。
それなりにきちんとした店だそうなので、おしゃれして行かなければ。
まともな服は持ってきていただろうか。
なければ早朝路銀稼ぎの草むしりをした後に、いい感じの服を買い揃えよう。
昼間に出会った美人姉妹が向かったはずの靴屋も覗いてみよう。
まさか子供服専門店ではないだろうし。
明日が楽しみでたまらない。
約束された明日最高。
はそう呟くと、うとうとと目を閉じた。





































 思えば、彼女とまともにディナーを囲むのは初めてかもしれない。
ホメロスは向かいの席で行儀良く食事を進めるの姿を、彼の中では比較的穏やかな目で見つめた。
こちらで調達したのか、デルカダールではあまり見ない色味の服を着ている。
手にうっすらとかすり傷が残っているということは、また文字通り道草をしていたのだろう。
既に行ってしまった後なのでやめろとは言えないが、いい加減外の世界の危険というものを学んでくれないだろうか。
事あるごとにわざと外界の恐ろしい事件を話して聞かせていたのに、彼女にはとんと響かない。
聞く気がないのかもしれない。
ふてぶてしい小娘だなと思う。





「将軍、私こんなに一度にたくさんのお魚食べたの初めて」
「ダーハルーネならではといったところか。デルカダールは海が遠い。お前に食べさせたかった」
「ふぅん」
「でなければ、どこぞの馬鹿は宿も取らずスイーツ三昧をしていただろうからな」
「そうまで見越して宿屋取っておいてくれるなんて将軍すごーい、感激!」
「茶化すな、まったく・・・」
「でも将軍てばこんなに私に構ってていいんです? 仕事は? 何しにダーハルーネまで?」




 夕飯をご馳走してくれるのはもちろん嬉しいが、ホメロスは超多忙だったはずだ。
仕事の話を訊くことに彼はあまりいい顔はしないが、今日はなんとなくいけそうな気がする。
よほどディナーが楽しみだったのかはたまた他にいいことがあったのか、今夜のホメロスは機嫌が良い方だ。
ホメロスはの問いかけに少し眉を潜めると、ややあってゆっくりと口を開いた。
個室で良かった、ホールならきっと内緒にされて怒られていた。





「いよいよ、悪魔の子を捕えられるかもしれない」
「えっ、嘘マジで?」
「あちこち行方を探していたが、おびき寄せるための手は打った」
「どんなの?」
「それは言えんな。だが安心していい、お前に危害を加えるようなことではない」
「えー気になるうーヒントだけでもー」
「軍の機密に関わるものだ」





 なんとびっくりパンドラボックスだ。
よもやこの雰囲気の中で悪魔の子が出てくるとは思いもしなかった。
なるほど、そりゃあご機嫌になるのも当然だ。
今まで逃げられ王にもおそらく叱責され苦汁を舐めてきただけに、ようやく掴んだチャンスはさぞや嬉しかろう。
こちらはまったく嬉しくないどころか、どうなることやらと冷や汗ものだが。






「ソルティコにバカンスに連れて行けるのも案外早くなりそうだ」
「サンゴの髪飾り欲しいなあ。露店にも売ってたんだけど思ったより高くて、それまでにお金貯めないと」
「いい店を知っているから連れて行ってやろう」
「やったー! ・・・ふふ、ほんとになんだか夢みたい。私がまさかこんなとこでお食事できるようになるなんて。前は残飯すらありつけなかったのに」
「生憎ともうその生活には戻すつもりはないから、覚悟しておくことだ。戻りたいとも思っていないだろうな?」
「そりゃあもちろん、今更木の根っことか食べられないですよね、舌が肥えちゃって」




 懐かしいとは言わない方が良さそうだ。
は新たに運ばれてきた大きな皿の上にちょこんと載せられたお上品な料理を、一口で口に入れた。






鳥は焼き鳥以外は詳しくないんだ






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