良かった良かったではない。ようこそ歓迎するわでもない。
一大事だ。人生設計を一から見直さなくてはならない。
元々大した計画を立てていたわけではないが、少なくとも前科を付ける予定はまったくなかった。
これからどうやって生きていけばいいのだ。
旅費から旅の荷物から栽培セットまで、全部宿屋に置いてきてしまった。



「いや全然良くなくない!? 私これからどうすんの!? え!?!?」



 海のど真ん中の船のど真ん中で、は唐突に叫んだ。
甲斐甲斐しく傷の手当てをしてくれていた金髪美人姉妹の妹ことセーニャが、びっくりした顔をして治療の手を一瞬止める。
止めたのは本当に一瞬だった。
まあまあさん落ち着いて下さいとおっとりした声で窘められ、大声を出したこちらがおかしいのではと錯覚してしまった。
いや、おかしくないはずだ。おかしいのは彼らの肝の据わり方だ。
大声を聞きつけて、カミュが船室から飛び出してくる。
カミュもカミュだ、連れ去っていきなりほぼ面識のない人物に丸投げとは双方に対して失礼すぎる。



「どうした、まだ痛むのか!?」
「痛いのどうのなら私はあなたの良心が一番心配なんですけど! えっなに? カミュの良心ってオリハルコン製?
 突然私を慣れ親しんだデルカダールの環境から攫ってきて良心痛まない?」
「置き去りにしてた方が心も痛んでたから、これで良かったとオレは思ってるぜ。ごめんなセーニャ、のこと任せちまって。怪我の程度はどうだ?
「はい、かなり良くなりましたわ。様とまさかまたお会いできるなんて、大樹のお導きでしょうか」
「私もマジでその辺は運命かなって思っちゃったんだけど、ていうかずっとごめんなさい、もう大丈夫だから!
 怪我も将軍のドルマ程度だろうし、元々痛いのは慣れてるから本当に平気」



 治療が終わったと伝わり、勇者ご一行が甲板に集合する。
なるほど色とりどりの個性的な人々だ、の旅の仲間としては心強いことこの上ない冒険者たちだ。
ひとりずつの簡単な自己紹介を受けたは、あのうと口を開いた。



「私はどうしてここにいるの?」
ちゃんもあたしたちもみーんな、ちゃんと一緒に旅がしたかったからに決まってるじゃない!」
「将軍と一緒にいたのに? 陸に上がるなり逃げて将軍と連絡取るかもしれないのに?」
「するの?」
「しないけど」
「しないんだったら僕たちと一緒にいられない理由はないよね」
「うーん・・・?」



 世界を救う勇者の仲間たちなのだから、せめてもう少し新加入メンバーについてはしっかりと調べた方が良いのではないだろうか。
確かに短い期間で旅はしたが、あの時は個人情報はほぼ出さなかったはずだ。
カミュとの関係も、彼が何も言っていなければ皆知らないままだ。
そして知らないどころか、今はホメロスの庇護下にいたという事実が判明しているくらいだ。
もっと警戒してもらわなければ困る。
カミュの旧知の仲だから大目に見てもらっているのかもしれないが、それにしても加入条件が緩すぎる。
セーニャたちの素性も似たようなものなのだろうか。
そんなはずはあるまい。
カミュを除いて3人ともいいお家で育ったオーラが凄まじい。
ゴミ溜めの残飯らしき残骸など漁ったことがなさそうだ。




「えーっと、さん?」
です」
「じゃあ、あなたはどうしたいの? やあたしたちと一緒に旅をしたい? したくないならどこかで降ろしてあげる、無理強いは良くないもの」
「したくないわけじゃないんだけど、みんなと一緒にいても私は本当に何の役にも立たないんだよ。
 魔法が使えるわけでもなく、剣が振れるわけでもなく、だって私の前職って下層の入口でようこそって言うだけのほぼ案内役だよ?」
「まあ、案内役でいらしたのですね! それぞれの街にひとりしか置かれないという伝説のお仕事と伺ったことがありますわ! すごいです、さま!」
「えっそうなの!?」
「そうらしいんだから、胸を張りなさい。それに、あたしたちはあなたが何かができるから欲しいのではなくて、だから一緒にいたいだけなの。
 それがあたしたちの理由。それじゃ駄目?」
「駄目じゃないけど・・・」
「だったら決まり! 嫌じゃないならここにいて、お願い」



 今更もうデルカダールに戻ることが難しいとは、さすがにわかっている。
戻るつもりはない。
戻ってしまえば、ホメロスに洗いざらいすべてを言わなければならなくなる。
それだけはしたくない、たちの旅の邪魔をすることだけは何に代えてもしたくない。
本当は迷えるだけの選択肢など初めから存在しなくて、霧の中でカミュに抱きかかえられ船に着地してしまった瞬間から覚悟はしていたのだ。
あれきりと思っていたとの縁が、実は始まりに過ぎなかったのだと。
たちの顔を見回した。
皆、いい顔をしている。
大国に追われている身でありながら、悲壮感をまったく感じることがない。
好きな顔だ、ずっと見ていたい。
思い出にはしたくない、思い出を共に語り合えるような仲になりたい。




「ふ、不束者ですがよろしくお願いします・・・?」
「うん、改めてまたよろしくね、ちゃん」



 置いてきた荷物や言い忘れた言葉は、いつの日かまた取りに戻ることができるだろう。
は新たな居場所となった新たな仲間たちの名を順に呟いた。







「本当に伝説の職業なの?」「伝説の勇者様に言われましても・・・」






目次に戻る