武闘会出場者が大量に行方不明になっているらしい。
幸いにして明日の決勝戦は実施できるが、安心は全くできない。
はシルビアからもたらされたグロッタ最新ニュースに眉を潜めた。
実は毎年割とよくある話らしいと付け加えられたのがますます怪しい。
今年は例年にも増して行方不明者が多いとのことだが、それは起きて当たり前の事件なのだろうか。
物騒すぎるだろう、グロッタ。
肉体自慢の猛者たちが集まる街で起こっていい怪事件ではない。
有事でもお尋ね者でもなければ、今すぐグレイグの派遣を要請していいレベルだ。
「カミュとシルビアさんがいなくなってなくて良かった・・・。ダーハルーネに続いてグロッタでもいなくなってたら、カミュってばどこぞのお姫様みたいだもん」
「茶化していい場面じゃないからな。あとダーハルーネでいなくなったのは」
「ちゃんを攫ったから僕たちの罪状も増えただろうね」
「が悪魔の子というのはデタラメとして、そういえばあたしたちがっていうデルカダール国民を攫ったのはまさしく犯罪だったわ・・・。合意取っといて良かった、情状酌量を狙いましょう」
「別に私には身内もいないし高額納税者でもないから、私がいなくなったところでデルカダール的には何の被害もないんだけど、そんなの攫っても罰せられるのは理不尽だよねー」
「ちゃん、それホメロスちゃんの前で言っちゃ駄目よ・・・」
おふざけはここまでとして、行方不明者はどこへ行ったのだろう。
パートナーの片割れだけ消えたりと不可解な点も多い。
共通しているのは、武闘会でそれなりに善戦した人々ということだけだ。
はを顧みた。
そわそわとしている。
きっとハンフリーの安否が気になっているのだろう。
いい機会かもしれない。
ははいと高く手を挙げた。
「私、今からとハンフリーの様子見てくる!」
「今からですか? こんな夜分にお邪魔して迷惑にならないでしょうか・・・」
「大人数で押しかけたら迷惑だろうから私とのふたりで行ってくる! 、私とデートしたくない? したいよね、私とデートだよ?」
「行こうちゃん」
「おい」
「ハンフリーさんが心配なのはほんとだよ。孤児院には子どもたちもたくさんいるから、あの子たちも不安がってるかもしれない」
「けど単独行動は」
「一人じゃない、ちゃんがいる。ううん・・・、僕がいるからちゃんは一人じゃない。ほら、手は離さないから大丈夫だよ!」
そう言って、いつの間にやら繋がれていた手をぶんぶんと振られる。
照れる。きらきらと輝く笑顔が眩しい。
過保護が抜けないカミュの監視をベロニカたちに任せ、教会へと向かう。
はよく手を繋ぐ。
子どもでもあるまいしと少しだけ恥ずかしいが、嬉しさの方が勝ってしまう。
は繋がれたままの手をわずかに動かした。
が立ち止まり、どうしたのと問いかけ顔を覗き込む。
はの利き手を両手で包み込むと、辛くないのと尋ねた。
「毎日戦って、将軍たちから逃げて辛くない? きつくない? 痛いとこはない?」
「みんなと旅してるから全然辛くもきつくもないよ。ちゃんが来てからはもっと楽しくなったし」
「ねぇ・・・世界ってどうやって救うの? 今の世界は良くないの?」
「僕も救い方なんてわかんないや。ダーハルーネでカミュやちゃんすら助けられなかったのに、世界の救い方なんてわかるわけがない」
「だったら・・・」
「でも僕は勇者なんだ。みんな僕を勇者と思ってくれてて、僕もそう在りたいと思ってる。今は虹色の枝に振り回されてるけど、きっとこの先はもっといいことがあるよ」
「ふぅん・・・」
「それよりもちゃん、教会に何か気になることがあった?」
「いや、別に・・・」
邪魔にならないようにこっそり教会に忍び込むと、誰だと鋭い声で呼び留められる。
反射的に身構えたに庇われたは、の背中越しに声の主を覗き見た。
ハンフリーだ。
やたら顔色が悪いように見えるし、妙な臭いもする。
の姿を認めたハンフリーが警戒を解き、柔和な表情に戻る。
に続き挨拶を交わし会話に耳を傾けはするが、やはりハンフリーから漂う臭いが気になって仕方がない。
あれは香水や汗の類ではない。
出来ればもっと近くで嗅ぎたいが、節操のない女だとに思われたくない。
カミュに知れて叱られるのも嫌だし、ベロニカやセーニャたちの情緒にも良くない。
仕方がない、看板娘だった頃に習得したものの使いどころが見出せなかった特技を使うしかない。
幸か不幸か、教会の床は年季が経っているおかげかそれなりに歪だ。
はわぁと唐突に叫ぶと、右足を一歩デタラメに踏み出した。
驚くの横を過ぎ、無防備なハンフリーの胸に飛び込む。
初心っぽいハンフリーには刺激が強すぎる特技かもしれないので体は極力密着させないようにしたが、顔だけはしっかり胸に埋める。
土を嗅いだ時よりも数段強い不快感にうぅと呻く。
デルカダールで平和ボケな生活を送っていたからすぐには思い出せなかったが、この臭いの正体は知っている。
だがハンフリーは生きている。
これはいったいどういうことだ?
はハンフリーの胸に顔を埋めたまま考えを巡らせた。
何も思いつかない、頭脳の限界だ。
「大丈夫かな、お嬢さん。怪我は?」
「あーっ、ごめんなさい私ってばうっとりしちゃって! さすがチャンピオン、グレイグ将軍にもたぶん負けてない分厚い胸板!」
「はははっ、それはどうも。、お前の仲間は美人な上に口も巧いんだな」
「ちゃん大丈夫? ホイミしようか?」
「平気平気! こんなの私特製スーパー万能ドリンクで一発! これを飲むと調子がいいのよ、ほんとマジで!」
「・・・ほう?」
「ちゃん好きだよね、それ。でもふたりって意外と気が合うのかも。ハンフリーも試合後にこれを飲むと調子がいいって同じこと言ってるよ」
「へえ・・・、へえ!?」
ハンフリーの特性ドリンクの成分が気になる。
もしも臭いの原因がそれだとすれば、ドリンクの原料は薬草などではない。
に食べさせていたのは紛れもなく薬草だろうが、ハンフリーは明確に人体に適さないものを口にしている。
はハンフリーから離れると、の横にぴたりと張り付いた。
行方不明者はまだ生きているのか。
その問いかけをハンフリーにしたくてたまらないが、今は分が悪い。
ここには何かがある。
決勝戦を勝ち抜き虹色の枝を今度こそ手に入れるのも大事だが、行方不明事件も一刻を争う。
もドリンクの搾りかすにされないとも限らないのだ。
を取り込めば、ハンフリーは来年も優勝できるのだから。
「ハンフリーが無事で良かったよ。さ、帰ろうちゃん」
「うん、すぐ帰ろ」
「ははは、つれないお嬢さんだ」
「眠たくなっちゃったのかな? 歩ける?」
「平気、全力疾走もお任せよ」
今なすべきはまずは翌日の決勝戦。
そして、行方不明者の迅速な救出だ。
教会に行って良かった。
教会を去るの背中に、ハンフリーの鋭い視線が突き刺さった。
肝心なところで詰めが甘い、大失敗した。
ハンフリーの疑惑を「土と同じヤバい匂いがする」以外の理由でどう説明しようか徹夜で考えていたつもりが、中途半端に睡魔に襲われた結果寝坊した。
ベロニカからはこっぴどく叱られ、そして置いて行かれた。
良い席取っとくから後から来なさいと厳命され、食堂でのろのろと気つけ草ジュースを一気飲みしていた時だ。
彼が現れたのは。
「お前は何を飲んでいる?」
「普通の気つけ草・・・、あっ」
「・・・こんな不味い飲み物が普通なものか。・・・知ったな、俺を」
「まあ、あんなに屍臭出してりゃ・・・」
「そうか。だが、この秘密を知られたからには生かしておくわけにはいかない」
「ですよねー・・・。・・・カミュ、まだいる!? 髪のセットどうせまだ終わってないでしょ!?」
「いない時を見計らって来たんだ。行方不明者は他にもいる、何もおかしいことはない・・・」
もしも呪文が使えたら、とっさの応戦ができていたのだろうか。
いや、杖を手にしていたところで敵わなかったはずだ、相手は人を捨てた人なのだから。
躱せるはずのないチャンピオンの痛撃を真正面から喰らい、膝をつく。
ハンフリーの胸板は、既に人の温もりを宿してはいなかった。
私の方がよっぽどお姫様みたいじゃん!