25.血の雨だってお断り






 ザオラルという蘇生呪文があるらしい。
何らかの理由で魂が抜け出た肉体に、再び命を押し込める高度な呪文と聞いたことがある。
命の大樹に対する冒涜行為なのではと、女神像よりも草木に祈る回数が多い草食系女子は首を傾げたこともある。
その時は珍しく考え込んでしまい知恵熱が出て、看病してくれた教会のシスターに深く考えるなと言われた。
ひょっとしたら、蘇生呪文規制派なんて組織がいるのかもしれない。
ところで、肉体から抜け出た魂に意識はあるのだろうか。
魂だけの存在となって、空っぽの肉体を見つめることもできるのだろうか。
高いところから見下ろして、ああ、みんな私のためにザオラルしてくれてるなあと眺めているのだろうか。
もしかしなくても、今もほぼほぼ死にかけなのでは?
痛みも寒さも何も感じなくなったことに気付いたは、ひとつの結論に到達していた。
体が動いている感覚が全くない。
初めのうちはあれだけ喧しかった翼が風を撃つ音すら、今では何も聞こえない。
目だけは辛うじて地上を映している。
まさしく、想像していた「魂が抜け出た状態」を味わっている。


(私は既に、死んでいるーーー!?)


 カミュと再会しと旅をするようになってから、様々な「はじめて」を経験した。
回復呪文を施されるのも初めてで、お尋ね者になるのも初めてで、攻撃呪文をぶつけられるのも初めてで、今回の初体験は死だった。
次の初体験は蘇生呪文だろう。
魂が肉体に戻るのはどんな感じなんだろう。
自分から肉体に飛び込む? 呪文の力で肉体に引っ張られる?
来たるべき「はじめて」にわくわくする。
血も体もないが、血湧き肉躍っている。
復活が待ち遠しい。早く生き返りたい。
地上が少しずつ近くなり、見知った人々の姿が大きくなる。
良かった、リィぜまだ死んでない!
およそ死者に手向ける言葉とは思えない歓声を浴び、の体に痛覚その他すべての不快な感覚が蘇った。






















 空から落ちてきたのは女の子だった。
ぼとりと、それなりの重さの物体が鳥の巣に落下した音が聞こえた。
人質を自ら手放したごくらくちょうを丸焼きにする組と、の回収に向かう組に分かれる。
ベホイミで治るでしょうかと呟くセーニャの不穏な発言には聞こえなかったふりをして、巨大な鳥の巣へ駆け寄る。
レッドオーブよりも真っ赤に染まったを発見し、カミュは悲鳴を上げた。



! ! これマジで生きてんのか!?」
様、がんばりましたね。今すぐ回復します!」
「セーニャ、蘇生した方が早くないか? あるんだろ、ザオラルとか」
「それはできません」
「いやでも、息してないって」
「ザオラルはまだ覚えていません」
「おいおいマジかよ」
様、虫の息で良かった・・・」



 何が良くて何が悪いのかわからない。
「良い」の基準があまりにも低すぎる。
カミュは微動だにしないの左胸に耳を押しつけた。
言われてみれば鼓動が聞こえるような、聞こえないような。
口元に耳を動かしても、吐息を感じることはできない。
虫でもまだ健気に呼吸をしているので、今のは虫の息以下なのでは。
カミュはの頭部からずっしりと重いプラチナの髪飾りを取り外した。
特製の髪飾りの守備力も高かったらしく、頭が突かれた跡は見えない。
サンゴの髪飾りならもっと酷い有様だったかもしれない。
が男心を解さない女で良かった。
カミュはの手を握りしめた。
セーニャがベホイミを立て続けに唱えているおかげか、少しずつ肉体に温もりが戻ってくる。
呼吸が落ち着くと同時に、苦しげな呻き声も漏れてくる。
いたぁい!
突然の苦悶の大声に、カミュはと叫んだ。



「めっちゃ痛い! なんで!?」
! 良かった、目ぇ覚めたのか!」
「痛い痛い痛い! なんで!? ザオラルってこんなに痛いの!?」
様、これはベホイミです。動けないでしょうが、動かないでくださいね」
「わ、わ、私死んでたんじゃないの!?」
「虫の息だったとよ」



 話が違うとが呟く。
ごくらくちょうに摘まれながら空中でどんな空想をしていたのか知らないが、いったい何をどうすれば自ら死を悟るのだろうか。
治癒呪文で消えつつあるとはいえ、そこら中に枝葉でできた傷を作り、寒さで手足の感覚もなくなっていた極限状態ではなかったのか。
でも確かに死んでたはずと繰り返すに、カミュは違うと何度も答えた。



「そもそも誰もザオラル使えないんだって。良かったよ、がしぶとくて」
「まあ痛いのは慣れてるけど、いやでも私は今回はさくっと蘇生してもらえると思ってたから想定外の痛みで今は泣きそう」
「オレの胸ならいくらでもいつでも貸してやるから、今は我慢してくれ」
様、私ザオラルを唱えられるようにもっと成長しますね。ですからそれまではもう少し耐えてください」
「うん、うん、今となっては死んでなくて良かったあ・・・」



 治りかけの痛みに襲われているが、すんすんと鼻をすすっている。
見た目は驚いたが、ベホイミの重ねがけで治りそうな怪我で良かった。
鋭利な嘴で咥えられていた腹も、骨が丈夫だったのか千切れそうな感触ではなかった。
ひょっとしたら愛飲の草ジュースには、強烈な臭気以外の効果が含まれているのかもしれない。
味さえまともになれば、たちの体力に凄まじい影響を与えそうだ。
残念ながら、何を混ぜても素材そのものの激臭に勝てる気はしないのだが。



「ご、ごくらくちょうは? 丸焼きにしてくれてる?」
「シルビアが縛り上げてベロニカが焼いて、が斬り刻んでる。じいさんはたちの援護でいっぱいいっぱいだ」
「ねぇ、あなたがいつも飲んでるジュース、ロウ様にも差し入れしてみない? きっとすごく調子が良くなると思うの」
「確かに、疲れが酷いんなら夢見の花を入れればよく眠れるかも?」
「ロウ様は優しいお味が好きよ。出来れば腰痛に効く成分を多めに入れてほしいところ」
「じゃあさえずりの蜜と魔法の聖水でマイルドにした後に、混ぜて薄まった分と同量の特薬草とまんげつ草を入れて・・・」
「入れ過ぎじゃないかしら」



 ザオラルを早めに習得しなければ、今度はロウが命の危機に晒されるかもしれない。
傷が癒え、考え事ができるようになったが特製レシピを試そうと地面を這っている。
お目当てらしいの名もなき極彩色の草を採取しようと伸ばした手を、戦いを終え傷だらけの手となったがそっと包み込む。
おじいちゃんよりも先に、今の僕に合う薬草を煎じてほしいな。
の体を張ったおねだりに、はぶんぶんと大きく頷いた。




「ていうかオーブは!?」「地面に落ちてきたちゃんの下敷きになってたよ」「割れてないよね!?」




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