24.地上の星は空に舞う






 「の守備力が上がった!」
 誰も何もそんなこと言いはしないし教えもしないが、頭上に加わった微かな重みは防御の強化に違いないと信じている。
の鍛冶台はどんな奇跡も呼び起こせる。
は、お下がりの銀の髪飾りに取り付けられたプラチナにそっと触れた。
私は信じてるからね、プラチナの輝きを・・・。
大げさねと笑うマルティナの髪には、髪飾りの代わりに今は赤いリボンが結ばれている。
地中深くにそれなりの年月埋まっていたとは思えない思い出のリボンは、マルティナの艶やかな黒髪によく映える。
あなたのおかげよと、珍しくマルティナに手放しで褒められた。
カミュの機嫌と引き換えに得た達成感は格別の味だった。



「サンゴの髪飾りもちゃんと付けるって! アクセサリーのバリエーション増えて嬉しい〜」
「いつでも装備しててほしいっていう男心と下心がわかんねぇのかな」
「わかんなかった」
「そうやって嬉しい〜て言っとけばデルカダール兵は鼻の下伸ばしてたんだろうが、オレはそうはいかないぜ」
「嬉しい〜って喜ばれて嬉しくないの?」
「それは嬉しい」
「じゃあいいじゃん」



 カミュが焼き餅を妬いていることだけは理解できた。
だが、頭部の保護はおしゃれよりも情よりも重要だ。
過去に何度頭を突かれたか、敗北の歴史を思い出すだけでもぞっとする。
しかも今回は巨大ごくらくちょうが住まう怪鳥の幽谷が目的地だ。
大ガラスやデスフラッターとは比べ物にならない猛禽類モンスターの襲撃があるかもしれない。
今度こそ頭に穴が空くかもしれない。
吸い取られた胸は膨らんだが、減った脳みそは戻らないと思う。
これ以上頭が悪くなりたくない。
の切実な熱弁に、が大きく頷き予備のプラチナ鉱石を取り出す。
量増やそうかと追いプラチナを提案され、は優しい表情で首を横に振った。



「気持ちは嬉しいけど、気持ちだけでもう充分。プラチナって結構重いんだぁ・・・」
様、首が前に傾いでいますわ。姿勢が悪いです」
ほんとはそれ、装備できないんじゃないの?」
「うう、私も頭にシルバートレイ乗せて配膳する系の給仕してたら・・・」
「あれ結構バランス感覚が難しいのよねぇ。アタシの劇団でもそういう芸をやってたんだけど、覚えるの苦労してたわ」
ちゃんに無事でいてほしくてとびきり大きい鉱石使ったんだけど、逆効果だったかも?」
「愛が物量的にマジで重い」



 めいっぱい愛されている実感が、主に頭上からずっしりと伝わってくる。
これだけ丈夫に改良されたプラチナの髪飾りなら、きっと鳥の嘴も貫通しないはずだ。
は姿勢を正すと、眼前の絶壁を見上げた。
頭の重みで後ろへ倒れそうになった体をカミュが抱きとめた。





















 海の上より地上が好きだ。
地中ならもっと過ごしやすいというわけではなかったので、洞窟よりも地上が好きだ。
地に足がついていないと、言葉通り浮足立ってしまう人生だ。
今、足どころか体が宙に浮いている。
空中よりも地上が好きに決まっている。
頭を突かれるどころではない、体そのものを捕獲された。
餌と思われたのか光り物と思われたのか、できれば後者であってほしい。
は、おそらくはごくらくちょうと思しき巨鳥に摘み上げられたまま、地上のたちを見下ろした。
光り輝く美男美女がひしめく一行の中で真っ先にこちらを狙ってくるとは、ごくらくちょうもお目が高い。
おかげさまでこちらも遥か高みからちっぽけな人間たちを見下ろすことができる。
怖すぎる。



「・・・いや、あの、助けてくれるわけではないんで?」
「助けたいのは山々なんだが、さすがに今は手が出せないんだよ」
「そんなひどい! 今こうして! 私は! ごくらくちょうっぽい鳥に鷲掴みにされています!」
、ごくらくちょうは鷲じゃないわ。私は鷲は好きだけど」
「私も鷲は嫌いじゃないけど、デルカダール国章トークも今じゃないよね!?」
「キエエエエェェェェエ!」
「ひいいいいいい耳が割れるうううう!」



 探していたごくらくちょうから会いに来てくれるとは誰も考えていなかった。
オマエいいもの持ってるなと天高くから声が降り注ぎ、これが天啓かと天を仰ぐと、銀のプラチナ髪飾りめがけて巨大な嘴が突き出された。
誰かが助けに入る間もなく、髪飾りのついでに捕獲された。
頭は割れていないが、頭の代わりに摘まれた胴はとても痛い。
くびれどころか千切れそうな気がする。
ちゃんと、が不安げな声を上げる。
助けようとして攻めあぐねているのは確かなようで、剣を構えたまま動けていない。
が鍛冶で防具を拵えても、セーニャがスクルトを重ねがけしようと、対象者本人の基礎能力が低いので大幅な効果上昇は見込めない。
怪我をしても回復呪文で癒えるのだから、多少の荒療治は問題ない。
そう申告しても、好き好んで仲間を傷つけるような合理主義者の塊は存在しない。
皆、優しすぎるのだ。
善良な民の涙を見るのが生業だったはずのカミュですら、今では牙を抜かれた勇者の相棒だ。



「あっ、ちょ、飛ばないで! まだ話終わってないから飛ぶなら私置いてって!」
「キエエェェェェ!」
「いや待って、飛ぶんなら私落とさないで! 途中で落としたら私死んじゃうから! 連れてくならちゃんと巣まで連れてって!」
「うるさい! うるさい人間め!」
「だったら初めから置いてって!」
「うるさい! うるさい! 喰っちまうぞ!」
「ひっ」


 ごくらくちょうの大叫声に威圧されたの体がびくりと大きく跳ね、動かなくなる。
静まり返った渓谷で、ごくらくちょうが翼を広げ飛び立つ。
たちは武器を下ろすと、顔を見合わせた。
結局何もできないままを巣に連れ去られてしまう。
いつ攻撃を加えていいのかわからないまま手をこまねき、非戦闘員を奪われてしまった。
この場でに危害を加えず戦える自信はなかった。
に猛攻を耐えられるだけの体力はないという点だけは明らかだったからだ。



や、そう気落ちするものでない。居所はわかっておる、向かえば良いだけじゃ」
「でも、もしちゃんが・・・」
「大丈夫よ、ちゃんだってアタシたちとは違う大舞台をたくさん踏んできてるはずよ。ちょっとのことじゃへこたれないわ。ねぇ、カミュちゃん」
「だな。考えてもみろよ、このでかさの鳥に咥えられながら喧嘩する図太さだぜ? オレのを甘く見ちゃ困るってもんだ」
「あんたのじゃないけどね。でもあたしもおじいちゃんの意見に賛成。は食べられないわよ、美味しくなさそうだもん」
「確かに、あの激マズの草の味はいただけねぇな・・・」



 ごくらくちょうが飛び去った方角を見つめる。
微かに見える鳥の脚には、未だに小さな何かが掴まれている。
飛行中にが仮に目覚めても、とんでもない光景に暴れるよりも先にまた失神するだろう。
空を飛ぶ様、ちょっと羨ましいかもしれません。
セーニャの呟きに、それもそうかもとベロニカが笑いながら答えた。




宝と一緒に人間がついてきたぞ! キエエエエ!




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