23.思い出はメダル色
ちょうど、人肌よりも土の温もりに触れたい頃だった。
とはいえ初対面の土地にいきなり口づけするのはうら若き乙女としては大胆すぎると思っていたので、とりあえず頬ずりから距離を縮めるつもりではあった。
順序はかなり飛ばしてしまったが、この土地は美味しかった。
は唇に触れた湿り気のある土をぺろりと舐めると、何食わぬ顔をして立ち上がった。
大丈夫、たちはパンを咥えて駆け去っていった少女の背中を見送っていたので、土試食会は気付かれていない。
むしろ知られたらまずい。
悪食どころでは済まされない苦言と呆れ顔を山盛り呈されるに決まっている。
「すんげぇ勢い。魔物の姿とか見えてねぇのかな」
「一途な子なんじゃない、きっと」
「突き飛ばされてるってのに、よくもまあそんなお優しいことが言えるもんで。ほら、口に土ついてんぞ」
「ん」
一足先に突っ伏した仲間の存在を思い出してくれたカミュが、口元についたままだったらしい土を指で拭ってくれる。
旨そうだなと囁かれたので美味しかったよと返すと、変な顔をされる。
しまった、土を食べたとバレてしまった。
食べてないよと慌てて言い添えると、カミュがにやりと意地の悪い笑みを浮かべ再び唇を指でなぞる。
くすぐったくて反論したくなるが、口を開けば中にまで指を突っ込まれそうで何もできない。
口は食べられない異物を収容する器官ではない。
実体験から得たありがたい教訓だ。
「お前のここが旨そうだって話」
「でしょ~? でも私の本気はこんなもんじゃないから」
「そうきたか。のそういうとこ好きだぜ」
「ありがと。ま、本気になっても唇はあげないけどね」
カミュに差し出された手を握りよいしょと立ち上がると、地面にキラリと光る何かを見つける。
ぶつかる前は輝きがなかったので、少女がぶつかった拍子に落としたのかもしれない。
再びしゃがみ込み落とし物を拾い上げたは、お金ではない小さなコインを手のひらに乗せ首を傾げた。
どこかで見たことがあるが、特別気に止めていなかったから随分と見過ごしてきた気がする代物だ。
キラキラと輝いていてそれなりに可愛らしいかもしれないが、今どきの女の子の間ではこれが流行っているのだろうか。
世間の流行がよくわからない。
「ちゃん怪我してない? 無事ならさっきの女の子の後を追うつもりだけど動ける?」
「うん、元気! 私も落とし物拾っちゃったから届けたいって思ってたし行こ行こ!」
「ふぅん、どんなの拾ったの?」
「使用用途がわからない謎のコイン」
「カジノのコインなら良かったのにとか思ってないでしょうね」
「やだあ、ギャンブルは身をザキるってベロニカ知らないの~?」
「それはちいさなメダルではありませんか? 様がよく集めてますよね」
「そうなの!? じゃあこれも・・・は駄目か、拾ったものは落とした人に返してあげないと」
「リィぜちゃん偉いわあ! 早く返してあげましょ、女の子もずっと探してるかもしれないわ」
たちの話によれば、ぶつかった少女は学生服を着ていたらしい。
彼女が走って向かった先は学校かもしれない。
徒手空拳の少々薄汚れた格好の旅人たちが訪ねるには敷居が高そうな空間だ。
少なくともデルカダール王立の学校には、酒場兼定食屋の看板娘が気軽に弁当を売り捌きに入り込めるような親しみやすさはなかった。
販路拡大と将来の太客獲得のために考えた渾身の名案のつもりだったが、ホメロスからも行く必要はないと却下されてしまった。
これから向かう学校も、お高く止まっている名門校だったらどうしよう。
なんせこちらのパーティは窃盗犯に逃亡犯、誘拐犯に国家反逆罪とありとあらゆる罪状を腹に抱えたお尋ね者ばかりだ。
雇われている警備兵に正体を見咎められる可能性もある。
絶対に一般女学生に手を出してはならない。
指一本触れてはならない気がする。
綺麗に整地された道を歩いた先にそびえ立つ期待を裏切らない豪華で華麗で上品な校舎に、は服についた土をすべて払い落とした。
メダル女学園、通称メダ女の名前は聞いたことがある。
今以上に学も品もお金も持たなかった養われ始めたばかりの頃に、ホメロスが通わせようとした学校だ。
激務を終え疲れきっているだろうに、酒場のカウンターの隅で難しい顔でパンフレットを読み込んでいた。
制服姿の少女たちが大勢載ったそれを凝視していた姿を見て将軍はそういう趣味嗜好なんだと勘違いし、そして叱られたことも思い出した。
結局通わずに済んだのはなぜだろうか。
学力試験や面接を受けた覚えはないから、不合格になったわけではないはずだ。
「将軍、私にはここ向いてないってわかってたのかも」
「確かにリィぜがここのお嬢ちゃんたちと机並べるってのは想像できないな」
「そうかな? ちゃん制服似合うと思うけど」
「、学生になるってのは制服着るってだけじゃないんだよ」
「でもカミュも見たくない? ちゃんが制服着てるの。盗んでこれない?」
「おいおいマジかよ・・・」
「仮にも勇者様がそういうこと言っちゃ駄目だって。あっ、ここで勝手にタンス開けたりしたら最悪社会的に死ぬからね! 壺はいいけどタンスはほんとマジで駄目」
「ガーターベルト入ってた」
「あっ、そう・・・」
犯行現場を誰にも見られていなくて良かった。
勇者様が下着泥棒呼ばわりされなくて良かった。
好奇心旺盛なのは結構だが、手が後ろに回ったり、後ろ指をさされないような最低限の社会ルールだけは守っていてほしい。
はサラサラ髪のイケメン勇者だが、それは社会において何の免罪符にもならない。
制服が欲しいとかいったセンシティブな要望はカミュに伝えればいいのだ。
カミュは場を弁える盗賊なのでさすがに聞き届けはしないが、穏便に手に入るよう努力はしてくれるはずだ。
たとえば、ここの学園長が集めているちいさなメダルとやらの景品に置いてもらうとか。
メダル集めの素質を見込まれて客員生徒の地位を手にした将来有望な女学生男子だ。
そのくらいの要望は聞き入れてくれても良さそうな気がする。
こちらとて見た目清楚な制服に袖を通してみたい。
「そういえばちゃんが拾ったメダルは渡せた?」
「うん、でもってもらったからにあげる」
「いいの? ちゃんは集めてないの?」
「集めてないし、何なら今まで結構な数見落としてきたくらい。ちいさなメダルの転売行為は禁止されてるから売れないし」
「メダ女の学生はメダル集めてるんじゃないのか? 気前がいいんだな」
「メダ女には二大就職先があるらしくて、ひとつはエレガントな女性。もうひとつはメダル関連施設で働くこと。これ落とした子はメダル関係の仕事したかったらしくて、よくちいさなメダルを集めてくれたって興奮気味に言って、それで満足してた。夢があるって素敵と思わない?」
「ますますこの学校がには向いてないってわかったよ」
メダルよりも豪華な校舎よりも可愛いと評判の制服よりも、ふかふかの花畑だぁと芝生にダイブしたにはもっとふさわしい学校があるはずだ。
メダル女学園は平和で穏やかで素晴らしい環境だが、ここではは半年も保たなかった思う。
ホメロスのキザ野郎を認める気は微塵もないが、の特性を見抜く目にはほんの少しだけ同意する。
の向き不向きを理解できるほど長く過ごしていたのだろうかというモヤモヤした気分は、これから先彼女の隣にいるのは自分をおいて他にないと自負することで紛らわせることにする。
「で、ベロニカやマルティナたちはどこ行ったんだ? じいさんがお嬢ちゃんたちに囲まれてるのは見たけど」
「オーブについての情報があるかもしれないから図書館行くって。私たちも行ってみる?」
「あら、ここにいたのね。ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど」
「私?私でいいの?」
「に頼んでるの。あなた、土や草に詳しいのよね? 埋めたっきりでわからなくなった思い出の箱を探すの手伝ってほしくて」
「私だった。栄養補給して調子も良くなったとこだし、力試ししたかったからちょうど良かったかも。どんなの? マルティナに関係してる?」
「私のではなくて、ここの職員の方の思い出の箱なんだけど」
「オレとは他で情報収集してくる。、無理するなよ」
たちと別れ、マルティナに連れられ美しく整備された庭園へと向かう。
腕の良い庭師がいるようで、この学園の土はどこに触れても栄養たっぷりだ。
ベッドで寝るよりも野宿した方が体力の回復が早いと思わせる土はなかなかない。
この辺りとマルティナに教えられた一帯に膝をつき、両手を地面に押し当てる。
目を閉じて、意識を根のように大地に深く集中させていく。
土でも種子でもない異物が指先から存在を伝えてくる。
「ここだ」
目を開き体を起こし、見つけた箇所の地面を掘り起こす。
土が箱に入らないようにきちんと封がされた瀟洒な箱が、陽の光を浴びる。
綺麗に清められ依頼人の手元へ渡った箱の中から、どんな宝物よりも美しく輝く思い出の日々とリボンが現れた。
私にとっての奇跡は、彼女にとっては当たり前の日常